劇場公開日 2024年3月1日

「目と手の映画だ」52ヘルツのクジラたち かなさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5目と手の映画だ

2024年7月9日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

悲しい

 ある理由から役名で記述することをご勘弁いただき俳優名で記述させてもらう。杉咲花は幼少期から虐待を受けて育ち高校卒業後は父親の介護のみしていた。精神的にも肉体的にも生きる気力をなくしたとき志尊淳と小野花梨に救われ新しい生活に踏み出していく。冒頭のシークエンスで特に目立つのは志尊淳の杉咲花に対する異常なほどの優しさだ。
 杉咲花は海の見える大分県の祖母の家にいる。防波堤で髪がぼうぼうに伸びて薄汚い少年を見つけ、その子の背中に虐待の痕跡を見る。杉咲花はこの少年を保護する。まるで過去の自分を見ているみたいで放ってはおけないみたいに。東京を突然離れた杉咲花を心配し東京から小野花梨がやってくる。二人がこの子をなんとかしようと協力する。小野花梨は杉咲花に東京を突然抜け出たわけを問いただし杉咲花の三年間の回想が始まる。志尊淳、宮沢氷魚との関係性が明らかになり、今にいたることを知る。
 原作があるものの、脚本は見児童虐待、ヤングケアラー、トランスジェンダー、ドメスティックバイオレンスという現代の社会問題をすくいとっているためストリーは劇的になる。加えて見る者の感情を揺さぶる言葉の力、回想をうまく取り入れた見事なスト―リー展開によって物語の強度を高めていた。
 しかし映画としての力は、役者達の「目」と「手」につきる。茫然とした目、慟哭する目、それを優しく見守る目、楽しく笑う目、嫉妬にかられた冷徹な目、不信をいだく目、どうしようもなく諦観した目。手を差し伸べ優しく握る手、慟哭する人にまさに寄り添うように身体をさする手、ふっと触れる手、女を殴る手。役者達の「目」と「手」に意志と力がこもっている。
 役者達の「目」と「手」の演技とその「目」と「手」をクローズアップで描出し続けた成島出監督の演出力の凄みが、原作を離れ映画として自立し、優しさと思いやりのある眼差しとつつみこむ手のあたたかみこそが、52ヘルツの音しか出せない孤独な人を救えるという説得力ある映画を作りあげていた。そして問うている。「あなたの大切な人の声は聞こえていますか」と。

かな