コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第70回

2025年1月21日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!


「トワイライト・ウォリアーズ」谷垣健治流アクションの組み立て方 目指したのは「速いけれど“わかる”もの」

谷垣健治
谷垣健治

1993年、22歳で香港に渡り、いまやトップクラスのアクション監督として活躍している谷垣健治氏は、かつてこんなことを仰っていました。

「映画を僕に教えてくれたのは香港。僕の国籍は日本だけど、“映画国籍”は香港だと思っています」

台湾金馬奨や香港金像奨など、中華圏で数多くの受賞を重ねた谷垣氏は、香港映画界においても欠かせない存在です。

そんな谷垣氏がアクション監督を務めた新作が「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」。同作の企画は、約8年前から動き出していましたが、近年の香港映画では、ある意味“賭け”のような作品です。製作費は3億香港ドル超え。香港映画界最強キャスト陣が集結し、製作費の1/6とも言われる5000万香港ドルをかけて九龍城砦のセットを作り上げました。

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ワールドプレミアとなったカンヌ国際映画祭ミッドナイト・スクリーンでは、世界中の映画ファンから拍手喝采。香港では興収1.1億香港ドル(約22億円)を叩き出し、香港映画界においては「中国語映画歴代3位」を記録。さらに、中国大陸では興収6.84億元(約147億円)とメガヒットとなりました。

本作に参加した谷垣氏は、最高のアクションをデザイン。“黄金期の香港アクション映画の再来”と言われている本作の成功に大きく貢献しました。今回はそんな谷垣氏に「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」(1月17日公開)の話題を中心に、たっぷりお話を聞きました。


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――本作の原作小説(著:余児)、漫画版(画:司徒剣僑)は香港で絶大な人気を誇る“国民的作品”です。映画化が決まる前に、お読みになりましたか?

映画化が決まる前は小説も、漫画も読んだことがなかったです。映画化が決まった後に、小説、そして漫画も一回ずつ、軽く読みました。ただ、ソイ・チェン監督と作品を作るのであれば、原作をリスペクトしつつもオリジナルを作るぐらいのつもりで臨んだほうがいいものになると考えていました。最初から脚本もなかったですし、最終的にもないんです(笑)。箱書きのようなものをもとに監督や各部署とディスカッションしながら内容を詰めていく感じです。

――企画はいつ頃スタートしましたか?

ずっと前から動いていたらしいですが、僕が具体的に聞いたのは、2021年の春ぐらいかな。その後、その年の6月に連絡が来て、広州で8月スタート予定だったと思います。ただ、その時の広州はコロナが感染爆発してた関係で、結局撮影ができませんでした。僕は夏に雲南省のシーサンパンナで仕事があって、そこから直接香港に行き、日本や中国のスタントマンたちが合流し、9月末から役者のトレーニングやリハーサル、11月末に正式に撮影がスタートしました。

――本作のセットの準備はかなり大変だったそうですね。当初は大陸でセットを作る予定だったそうですが、その後、コロナの影響で、やむを得ず香港でセットを作り直したそうですね。

確かに大変でした。スタジオ内や駐車場にまで延長してセットを作ったり、小学校の跡地を改造したりして、やりくりしました。その小学校は今回の撮影にとって、かなり重要な場所になりました。めちゃくちゃ郊外にありますし、“お化けスポット”としても有名な場所なんですが、幸い遭遇することもなく(笑)自由に使わせていただきました。

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――話は少し戻りますが、谷垣さんが香港に行かれたのは1993年。九龍城砦が解体されたのも同年です。それ以前にも香港に何度か行っていらっしゃると思いますが、九龍城砦には行ったことがありましたか?

最初に香港に行ったのは1989年のことですが、その時に前を通りかかりました。めちゃくちゃ怖そうな所だなと思いました。異様な存在感でしたね。

――本作の最も重要なポイントは九龍城砦です。ほかのスタッフとどのような“作戦会議”を行いましたか?

毎日スタジオでアクション練習をしつつ、美術や演出部と一緒にロケハンに行き、監督のイメージを共有しました。九龍城砦は非常に広い場所ですが、その場所がまるまる再現されるわけではないですからね。図面を見てそれと同じサイズのスペースをスタジオに作ってアクションを設計し、それを実際にロケ地でリハーサルして美術部と調整を行い、装飾物をどこに配置して何を破壊するなどのやり取りをします。

マック・コッキョンをはじめ、今回の美術チームは本当に優秀でした。彼は「孫文の義士団」でも上海のスタジオに1900年初頭の香港の街を作ったりしました。街づくりのプロですね(笑)。アクション映画にも慣れているので、一緒にやるのはとても楽しい作業でした。

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――ソイ・チェン監督が2020年に発表した「リンボ」もすごい世界観でしたよね。ゴミの世界というか……“汚れた世界”です。

本当にすごい映画でした。そうそう、あの作品もマック・コッキョンが美術を担当しています。あの汚しの感じが個人的にとても好きでね。汚しがちゃんとできているセットだと、そこで行われるアクションもちゃんと質感にあるものになると思います。

――本作は“実写化”となる作品ですが、まずは大きな方向性を決めないといけませんよね。アクション部分に関して、監督とはどのような話し合いを行いましたか?

最初は韓国映画のような“暴力美学”の世界観のようなつもりで考えてたんですが、「もうちょっと誇張してもいい」と言われました。“誇張”と言われても、どの程度なのかはわからないので、そこはやりながら擦り合わせていくことが必要です。撮影が始まって初日と2日目が理髪店でのアクションシーンだったんですが、今思えばあのシーンの撮影を通してこの作品においてのアクションのカラーが決まった感じはありますね。ルイス・クー演じつ龍捲風(ロンギュンフォン)がタバコをキャッチするところと陳洛軍(チャン)が回転しながら壁に吹っ飛ばされるところが、現場の熱がふわっと一瞬上がったというか、全員が「これでいける」と思た瞬間だったと思います。フィクションとしてうまく嘘がつけたんじゃないかと思います。

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――まさにそのような感じでした。香港の武侠要素を継承しつつ、漫画的にアレンジし、最終的に香港版「アベンジャーズ」のような感じができたということですね。各キャラクターも非常に個性的で、印象に残っていますが、役者たちと役作りなどについて、ディスカッションなどしましたか?

もちろんです。事前に1ヶ月半ぐらいアクション練習をしました。といっても別に役者たちに武術の達人になってほしいということではなく、それぞれの特性や何が得意なのかという点をずっと見ていました。役者の魅力を発掘するには、アクション練習や衣小合わせの時が、一番重要だと思っています。たとえば、テレンス・ラウなんかは衣小合わせの際に、突然何かが変わったというか、ギラっとしたものが出てきたのがわかりました。何というのかな、信一(ソンヤッ)というキャラクターはそこで片鱗が見えてきたというか。ソイ・チェン監督は髪型を変えたり、主人公を坊主にしたり……そこで役者の魅力をいろいろ探っていました。香港映画はほとんど本読みしないので、そういう形で役者は手がかりを掴みます。そして、その手がかりを携えて、現場で試してみるんです。ソイ・チェン監督の現場ですから、ダメであればもう、答えが見つかるまでもう一回やり直せば大丈夫。この一連の作業は大変ではあるけど、うまくいけば手応えがあるので本当に楽しかったです。

――となると、脚本を担当する方々はかなり大変だったのでは?

かなり多くの方々が関わっています。開発段階だけに関わった方もいますし、ソイ・チェン監督が指揮をとることになってから加わった人もいます。現場にいる脚本家は、いつも我々と打ち合わせしています。常に現場にいて、その時のシチュエーションでどのようなセリフが一番良いかを考える役割ですね。

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――撮影をしながら、美術も修正していったんでしょうか?

もちろんです。最初にできたのは小学校のなかのセットですね。ただ、小学校は2階しかないです。主人公は2階から戦って、3階に行くんですが、2階で戦って、3階に行くというところでカットして、次の日は別の場所で別シーンを撮り、その間に、美術は2階を3階に装飾し直します。主人公は2階から3階に行くんですが、実際に使っているのは両方2階なんです。そして、2階を全部撮り終わったら、今度はサモ・ハンが演じる大ボスの部屋に装飾変え。その間に別のセットで撮影を進めていきました。このような撮り方で、20カ所ぐらいの“場”を用意していました。まぁ香港で撮影が決まった時点で、こうするしかないなぁと思っていました(笑)。

――アクションのデザインも撮りながら、考えていたんですね。

はい、もちろんベースは事前にしっかり作りますが、撮影というのはナマモノですからね。毎日がギリギリまで考えて、毎日危機一髪でした。「このアクションは、ここのシーンで使おう」などとは考えずに、今あるアクションを「全部シーンに注ぎ込む」。そして、次のシーンは次のシーンで頑張るという感じで撮っていきました。アクションのネタはいっぱいあったので、使いきれなかったネタを他のシーンでも使ってみるなど、色々な組み合わせを考えていました。アクションという食材に対して塩をかけると美味しいのか、もしくは醤油、それともオイスターソース……といったイメージで、可能な限りあらゆることを試して、最も良いシーンを見つけ出していくんです。

――完成した作品は、いかがでしたか?

とても熱血な作品になったと思います。僕らは「イップマン」のようなウェルメイドのアクションを撮ろうとは思わなかったから、そういう意味では狙い通りですね。「トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦」はある意味“ごった煮”。多種多様な人間が登場し、さまざまなアクションがぶつかり合っています。闇鍋状態です(笑)。でも、いわゆるめちゃくちゃではなく、エネルギーのある、熱量がある、つまり温度があるアクションを目指したいと思っていました。

よくできたアクションというよりは、観客が見終わった後「すごい映画を見た」とパワーを感じてくれたらいいなと思っていました。最近は、本当にこういったアクション映画が少なくなりましたよね。昔はジャッキー・チェンブルース・リーの映画を見て“自分も主人公になったような気分”になっていました。本作は最終的にそのような映画になっていて、非常に良かったと思っています。

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――最近のアクション映画は編集で繋ぐ作品が多い印象です。でも、香港映画は“全てのアクションを撮る”のが伝統ですし、今回はその魅力をこれでもかと体感できました。

僕がアクションに求めていることは、スピードは速いけども、何をやっているのかはわかるということ。何をやっているのかわからないなら、単に刺激的な場面なら簡単に作れるじゃないですか? そうではなくて、速いけどもわかるようにしたいと思っています。

――「リンボ」は、どちらかというと温度が低い映画だと思います。一方「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」は非常に熱い映画でした。香港だけではなく、中国大陸でもメガヒットし、カンヌ国際映画祭でも上映されました。香港映画界は、最近大きく変わっていて、若手監督たちはアクション映画より、香港の“いま”に注目し、社会的なテーマなど、ローカル性の強い作品を生み出しています。従来通りの香港アクション映画は、やはり市場規模などを考えて、中国大陸との合作がほとんどでした。いまの香港映画界、香港アクション映画はどのように思われていますか?

若い作家たちが出てきたのは、非常に面白いと思っています。ただ難しいのは自分の身の回りのことを撮ることには長けてるんだけれども、アクションを撮れる監督がどんどん少なくなっています。もっともっとエンタメ性の強い映画が増えてほしいと思っています。

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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