コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第13回
2020年2月12日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数275万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
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第13回:「もう終わりだ」新型コロナウイルスがもたらした映画業界への衝撃
現在、中国の湖北省武漢市を中心に発生した新型コロナウイルス(正式名称:COVID-19)の感染拡大が続いています。事態は想像以上に深刻化しているようで、中国国内では既に1114人の方々が亡くなり、感染者は4万4725人に(2月12日午前時点)。この影響によって、中国経済の先行きが不透明になっていることは間違いないでしょう。飲食業界、旅行業界はもちろん、映画業界にも非常に大きな損失を与えています。特筆すべきは、1年間で最も興行収入が伸びる旧正月の期間に、このような事態が発生してしまった点です。興行収入がほぼゼロ――現在の状況を解説させていただきます。
今年の旧正月(1月25日~2月8日)は、“史上最強の旧正月”と言っても過言ではない期間でした。公開を予定していたのは、7本の話題作。そのなかでも、妻夫木聡、長澤まさみ、浅野忠信、染谷将太らが参加した国民的シリーズ第3作「Detective Chinatown 3(原題:唐人街探案3)」は、最も注目されていた1本でした。1月18日、当初の予定通り、旧正月映画のチケット予約販売がスタート。同作は、チケット予約販売だけで2億2700万元(約35億円)も稼ぎ出し、旧正月映画のなかでは、ダントツの首位に位置付けました。しかし、1月20日時点で、新型コロナウイルスの感染が中国全土に拡大してしまいます。
中国政府は、感染拡大に歯止めをかけるべく、すぐに対策を講じました。映画館は、大勢の人が集う閉鎖的な場所。この状況下では、極めて危険な場となっていたため、武漢市の映画館を全て営業中止とする決断が下されました。さらに「最早、映画を見ている場合じゃない」と考える人が増え続けていたため、映画チケットの販売サイト「淘票票」「猫眼電影」は、チケットの返金システムを導入しました。
その後も状況は厳しくなるばかり――「上映したとしても、興行収入はふるわないはず」「鑑賞時、感染のリスクがある」という理由から、1月23日、ついに話題作7本の上映延期が発表されました。映画鑑賞よりも“命”が大切。賢明な判断だと思いました。しかし、今回、中国映画界が被った損失は無視することができません。
19年度の旧正月期間に公開された作品群の累計興収は、16億ドル(約1728億円)。世界国別の月間興収記録としても、第1位となる数字です。これが“ほぼゼロ”になる――どんなに恐ろしいことなのかわかりますよね? 各映画会社は、旧正月の上映に向けて、億元単位の宣伝費を投じてきましたが、これが全て無駄になりました。上映を延期したところで、旧正月レベルの良い公開時期はありませんし、他作品との競争はさらに激化。興行成績はあまり期待できません。
映画会社より悲惨だと言われているのが、作品を上映する映画館です。旧正月には、多くの中国人が故郷へ帰り、家族とともに新年を祝います。近年では“家族で映画を見る”ことも恒例行事になっていたため、地方の映画館では、旧正月期間の上映を非常に重視していました。なかには、年間売上の半分を、旧正月期間から稼いだ映画館もあるんです。昨年の16憶ドルという数字、簡単に計算してみると、劇場に回収される金額は、半分の約8憶ドル。これが全て吹っ飛びます。さらに、映画館側が仕掛けた宣伝費用も無意味となり、事前に用意していたフードやドリンクも賞味期限がきれる可能性が……。「もう終わりだ」と悲嘆に暮れる映画館のオーナーは少なくありません。
そして、上映延期が発表された翌日の1月24日、さらに衝撃的な出来事が起こりました。旧正月映画の1本だったシュー・ジェン監督の最新作「Lost in Russia(英題)」が、1月25日(旧正月の元旦)から、配信サイト「西瓜動画」で無料配信されることが発表されたんです。「西瓜動画」を運営するのは、動画共有サービス「TikTok」なども手掛けるByteDance(バイトダンス)。ByteDanceは、「Lost in Russia」の独占配信権を、6億3000万元(約98億8000万円)以上の金額で購入しました。あまりにもスピーディな展開だったため、中国映画業界に激震が走りました。最も激怒したのは、映画館のオーナーたちです。上映延期に伴う返金手続きの作業で混乱し、映画館の存続問題にまで気を払わなければならないのに、なんてことをしてくれるんだと……。「Lost in Russia」の無料配信は、火に油を注ぐようなものでした。
「Lost in Russia」の製作サイドは、6憶3000万元以上の収入を得たことで、赤字の心配をすることはなくなりました。また、ByteDanceに関しては「西瓜動画」の認知度が格段にアップしたため、メリットが大きかった。また、感染を警戒して外に出られない観客たちにとって、自宅で“安全に”話題作が見れる。結果的に損をしたのは、映画館だけ。映画館のオーナーたちは、すぐさま連名の抗議書を出しましたが、無料配信を止めることはできませんでした。彼らが不安視しているのは、今回の事例のように、作品をネットで先行配信してしまうというもの。そうなってしまったら、映画館の存在意義は……。Netflixを巡る問題と似ていますが、スクリーン数が増え続ける中国にとって、今後直面しなければならない課題となるはずです。
2月現在、ほぼ“完全停止の状態”が継続している中国映画市場。回復の見込みは、新型コロナウイルスを巡る問題次第となりますが、業界関係者の話によれば「4月上旬までは厳しいだろう」と言われています。3月下旬開催の香港国際映画祭、4月上旬開催の北京国際映画祭には確実に影響が出るでしょうし、6月の上海国際映画祭に関しても、予定通りの開催が疑問視されています。
既に映画業界、そして中国だけの問題ではなくなってきています。旧正月期間は、日本のインバウンド関連事業者にとっては、一番の稼ぎ時。しかし、ホテルの空き室が目立ち、人気観光地やレストランまでも深刻な被害を受けています。このようなことになってしまい、ひとりの中国人として、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです……。いち早く、事態が収束することを祈っています。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc