コラム:上質映画館 諸国漫遊記 - 第3回
2025年2月3日更新
映画を愛する人にとって、テレビやネット動画もいいけれど、やはり映画は映画館で観るものだと考える方は多いだろう。本コラムでは全国の映画館の中から「これは」と思う上質なスクリーンを訪問し、その魅力をお伝えしたい。(取材・撮影・文/ツジキヨシ)
名古屋で<高品位>に映画を鑑賞するなら絶対のおすすめ ミッドランドスクエア シネマ/粋 Siko至高スクリーン
▼ドルビーシネマやIMAXだけが映画館の高品位ではない
今回のコラムの舞台は日本の真ん中(?)にある愛知県名古屋市のシネマコンプレックス「ミッドランドスクエア シネマ」のスクリーン1。同館は、「ミッドランドスクエア シネマ」と「ミッドランドスクエア シネマ2」という名古屋駅前の超一等地にあるふたつのスペースで14スクリーンを運営する、名古屋最大の独立系シネコンである。
ふたつのスペースにある、最も大きなスクリーンのそれぞれの音響設備を2024年7月に改修。「MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM 粋」という名称で、2種類のカスタムスピーカーシステムが導入された。具体的には、「ミッドランドスクエア シネマ」最大の「スクリーン1」に<Siko 至高>5ウェイスピーカーシステムが、「ミッドランドスクエア シネマ2」最大の「スクリーン8」に<Kodo 鼓動>4ウェイスピーカーシステムが採用されている。今回体験したのは、<Siko 至高>サウンドシステムを採用したスクリーン1である。
ところで、映画館の設備改修でよく行なわれるのが、本コラムですでにご紹介している「IMAX」や「ドルビーシネマ」、「ドルビーアトモス」のような、映画館設備全体を「フォーマット」として定めたカスタマイズだ。専門家が使う業界用語では「PLF(プレミアム・ラージ・フォーマット)」と呼ばれていて、「通常の映画館よりも付加価値をつけた設備を導入したスクリーンのことで、鑑賞には追加料金があってしかるべき上映形態」とざっくり理解すればよいだろう。高度な音響設備などを導入するには、当然そのコストがかかるが、それを回収するためにIMAXやドルビーなどの著名なブランドを有するフォーマットライセンサーと組んで、映画ファンにわかりやすく訴求する仕組みともいえる。実際にそのパフォーマンスは信頼に足るものであり、追加料金にふさわしい特別な体験ができることから人気が高く、多くの映画ファンに支持されているのはご存知の通りである。
とはいえ、IMAXやドルビーだけが高品位を実現する方法ではないことも、これまた事実である。映画館に使われている音響/映像上映設備の高品位化を独自に追求し、それにわかりやすい名前をつけて訴求する劇場もある。たとえばTOHOシネマズの「TCX」やイオンシネマの「ULTIRA」は、壁いっぱいの巨大スクリーンを導入した上映システムを独自規格として打ち出している。充実の音響設備を入念にチューニングした「轟音シアター」(TOHOシネマズ)も、そうした劇場独自開発の展開の一例である。今回ご紹介する「MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM 粋」もこうした流れに位置する取り組みとなる。
▼ベリリウム振動板&5ウェイスピーカーという特別な音響設備を導入
「MIDLANDQUALITY SOUND SYSTEM 粋」の概要を簡単に紹介するが、本システムが導入された背景について少し触れたい。
ミッドランドスクエア シネマでは、独立系のシネコンらしく、配給グループの枠にとらわれずに、多種多様な映画、そして音楽ライヴ作品を積極的に上映している。特に音楽ライヴ作品上映にも注力していることが本シネコンの大きな特徴のひとつである。こうした音楽ライヴ作品は、ODS(Other Digital Stuff)と呼ばれ通常の映画上映とは区別されている。ロックバンドやアイドルグループ、K-POPなどのコンサート映像にとどまらず、ブロードウェイ・ミュージカル、シネマ歌舞伎など、実に多彩なジャンルの作品を映画で体験できる場として、近年多くのファンを喜ばせていて、映画興行の重要な柱にもなっている。ミッドランドスクエア シネマは、単に名古屋駅前の有力映画館という存在を超えて、ODS上映にも注力することで、映画を含めた「総合的な映像作品上映劇場」としての価値を訴求している、そんなシネコンなのである。
ところで、現代の映画作品のほとんどは、「5.1ch(ゴーテンイチ・チャンネル)」あるいは「7.1ch(ナナテンイチ・チャンネル)」、あるいはそれの上位規格である「ドルビーアトモス」などの、いわゆるサラウンド音声で作られている。だが、ODS作品の多くは、サラウンド音声ではなく、ステレオ2ch音声で作られていることが多い。こうしたODS作品を日常的に上映しているミッドランドスクエア シネマでは、サラウンド再生のみならず、2ch再生での品位向上の必要性を常々感じていたそうで、それが「MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM 粋」導入のひとつの動機にもなったとのことだ。
「MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM 粋」では、前述の通り<Siko 至高>と<Kodo 鼓動>の2種類で構成、それぞれスクリーン1とスクリーン8で展開されている。今回体験したのは、スクリーン1の<Siko 至高>で、その技術的な特徴は次の通り。①「5ウェイスピーカーシステム構成」、②「ベリリウム高域ユニット搭載」、③「ハイパワー、ハイクォリティアンプ駆動」である。
具体的に紹介しよう。①「5ウェイスピーカーシステム構成」とは、音の帯域を5つ(低音/中低音/中音/高音/超高音)に分けて再生するスピーカーを採用しているということ。「5ウェイ」とはなにか。「2ウェイ」と呼ばれるスピーカーでは、音をふたつの帯域、つまり低音と高音に分割して再生し、低音から高音までの再生帯域を拡大する、「5ウェイ」では音を5つに分けて再生する仕組みとなる。音の分割数を増やせば増やすほど、帯域ごとに最適化されたユニットを使うことができ、音の再生帯域を拡大しつつ忠実度を高めることが「理論的には」できるが、一方で、スピーカーユニットの数が増えるため、ユニットのコストが増える/駆動するアンプの数も増える/音響設定が飛躍的に難しくなる。
映画館では2ウェイないしは3ウェイスピーカーが使われることがほとんどである。ごく一部のこだわりの音響設備を導入したシアターであっても4ウェイスピーカーシステムがせいぜいである。マニア向けの高級家庭用オーディオスピーカーであっても、2ウェイあるいは3ウェイスピーカーという構成が主流で、4ウェイや5ウェイスピーカーは稀有な存在だ。要は劇場用/家庭用を問わず、スピーカーの5ウェイ化は、高音質を獲得するためのある種の理想的な手法ではあるが、費用がかさむ、使いこなしが難しい、という課題があって一般的ではない。
そんな中で、ミッドランドスクエア シネマが、なぜ5ウェイスピーカーを導入したのだろうか。それは、ホームページで謳われている、開発の3つのキーワード「忠実」「迫力」「緻密」から読み取れる。曰く「クリエイターの想いを忠実に描く出すために、<最高性能のユニット>を<超ワイドレンジ>で使い<艷やかな声>と<パワフルかつクリアーな低音>を引き出す」ための手段として「5ウェイスピーカー」を開発/採用したとある。高品位な音響再生が欠かせない最新ハリウッド映画はもとより、音楽ライヴ作品をODS上映する際に重要な要素だったとも想像できよう。<Siko 至高>では、そんな特別な5ウェイスピーカーをスクリーン背後に3基、L(レフト)/C(センター)/R(ライト)の3チャンネル分が新設された。
②「ベリリウム高域ユニットの搭載」も注目ポイントだ。ベリリウムは、高域用ユニット素材としては「軽くて硬い」という最適な特性を備えているが超高価な素材である。家庭用超高級スピーカーでも使われる例もあるが、非常に高価な製品だけに限られているのが実情だ。しかも劇場環境では不特定多数に向けてハイパワーで長時間使うという難しさも加わるため、ベリリウム素材は、映画館用スピーカーとしては、筆者が知る限り「TAD」というパイオニア由来の業務用シアターシステム、そして2023年4月に開業した109シネマズプレミアム新宿くらいでしか用いられたことがない。そうした特別な素材のスピーカーユニットが<Siko 至高>で採用されたのである。これは、現状では劇場前に大書して訴求してもいいレベルの一大特徴である。なお、高域に対応する低域ユニットも18インチ(46cm)という巨大ウーファーをダブルで搭載、こちらも超強力な仕様となっている。
③「ハイパワー、ハイクォリティアンプ駆動」は、最新のデジタル方式のシネマ用4chデジタルアンプの採用があてはまる。ベリリウム高域ユニット搭載5ウェイスピーカーを鳴らすアンプの選定も「Siko 至高」システムの鍵だ。チャンネルあたり最大1500Wという途方もないパワーを叩き出す最新のデジタルアンプ(英国Linea Research製44C20)がL/C/Rに1基ずつ3台導入されている(なお、5ウェイスピーカーなのに、1スピーカーあたり4ch分しか駆動アンプを用いていないのは、中高域と高域の2つユニットを一体化して配置する同軸方式を採用しているため)。ちなみにスクリーン裏にあるL/C/Rスピーカー以外の音響設備(サラウンドスピーカーやサブウーファー)は、高音質で知られる米国JBLプロフェッショナル製で、カスタム仕様ではないようだが、こちらも非常に高品位な設備となっている。
この「MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM 粋」というユニークな設備を設計・開発・製造・チューニングを行なったのは、近年、株式会社ジーベックスと組んで日本全国の映画館の音響設備をグレードアップに貢献し続けている株式会社イースタンサウンドファクトリー。その凄腕チームが腕によりをかけて開発したというが、彼らとしても特別なサウンドシステムだったと思われる。スクリーン1<Siko 至高>およびスクリーン8<鼓動>は、いずれも音響フォーマットとしては、7.1chデジタルサラウンド対応の設備となり、天井スピーカーを使うドルビーアトモスには非対応。音響フォーマットという意味ではオーソドックスな仕様である。派手さはないかもしれないが、非常に上質な布地を腕利きの職人が極めてスタンダードな手法で丹念に作ったオーダメイドスーツ、そう喩えたい、サウンドシステムだ。
▼2つのスペースに14スクリーンを展開
ミッドランドスクエア シネマは、冒頭で述べた通り、物理的には2館に分かれたシネコンである。名古屋駅に近い「ミッドランドスクエア」というトヨタ不動産株式会社が運営する豪華な複合商業ビルの5階にあるのが「ミッドランドスクエア シネマ」、そこから徒歩数分の「シンフォニー豊田ビル」2階にあるのが「ミッドランドスクエア シネマ2」で、それぞれ7スクリーン、合計で14スクリーンを展開している。「ミッドランドスクエア」は、ルイ・ヴィトンやディオール、ロエベなどのハイブランドから、京都吉兆、人形町今半などの有名飲食店までが軒を構える豪華な商業施設。東京でいえば、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン日比谷のようなイメージに近い。
名古屋駅からのアクセスは抜群。在来線/地下鉄を使った場合は、名古屋駅桜通口から歩いて数分、地下通路からも直結しており、雨が降っていても濡れずにアクセスできる。案内も至る所にあり、迷うことはないはずだ。東京などから新幹線を利用した場合は、新幹線改札の側の出口(大閤通口)ではなく、その反対側の桜通り口に向かう。終日混雑している名古屋駅の中央コンコースを抜ける必要があるため、時間に余裕を持って移動したほうがよいだろう。
名古屋駅の桜通口から抜けて、緑色を基調にしたミッドランドスクエアの大きなビルが目に入る。エントランスを抜けて、ブランドショップを横目にエスカレーターで5階に上がると、突然映画の世界が広がり、「ミッドランドスクエア シネマ」のロビーが出迎えてくれる。7スクリーンのシネコンにしてはこぢんまりとした印象のスペースではあるが、機能的な構造であり、狭いという感覚は抱かない。名古屋駅側に大きな窓があり、非常に開放的な印象だ。10席ほどの待機スペースも備わっている。
コンセッション(売店)もメニューが豊富だ。「ミッドランドスクエア シネマ2」のあるシンフォニー豊田ビルの1階で「ミッドランドシネマ ドーナツファクトリー」というドーナツ店を経営しており、そのドーナツがコンセッションで購入できるし、ドーナツ店で購入したドーナツ自体も持ち込みが可能だ。
▼「シビル・ウォー アメリカ最後の日」を<Siko 至高>スクリーンで鑑賞
「ミッドランドスクエア シネマ」のスクリーン1<Siko 至高>システムで映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」の劇場公開日に観た。鑑賞料金は一般料金の2,000円で、IMAXやドルビーシネマのような追加料金はなし。入会金/年会費無料の独自会員制度「MM CINEMA CLUB」があり、それを利用すると常に1,800円で鑑賞できる。そのほか様々な特典があるので、名古屋地区にお住まいの方はぜひは入会したい(カード発行手数料300円は必要)。
劇場に入ると、耳の感度が少し良くなったように感じる「静けさ」が印象的だ。劇場では映画の音をしっかり観客に届けるために、不要な音をよく吸い取る処理(専門的には吸音という)を行なうのが通例だが、そうした環境が入念に整備されている印象を受ける。スクリーンは幅14.3m、高さ6.0mで、2.38:1のいわゆるスコープ画角だ。「シビル・ウォー」はビスタ画角の作品であり、スクリーン左右に黒帯がついた状態で上映された。
たまたま同館を運営するスタッフに話しをうかがう機会があったが、スクリーン1のプロジェクターは4K解像度のRGBレーザープロジェクターという最新仕様を使っているとのこと。現代の最新鋭デジタルシネマのハイグレード仕様だといってよいだろう。「シビル・ウォー」の撮影では、ソニー製最新デジタルシネマカメラVENICE 2と、デジタルスチルカメラα7S3が主に使われ、キレ味鋭いルックが映像の特徴であり、その魅力がクリアーにスクリーンで映し出されていた。明るく色鮮やかで高解像度。現代最高水準のノイズレスの高S/N映像で、暗いシーンもノイズ極小で、グラデーションも極めてスムーズ。色温度設定も絶妙で、筆者が映画映像で最も重要に思う「肌色」が、実にナチュラルなタッチで描かれ非常に好感が持てた。
映画鑑賞の重要ポイントである座席については、ソフトレザー仕上げのオリジナル仕様。実際に座ると座面の硬さが適切で、広さも余裕たっぷり、2時間近く座っていても疲労はほぼなかった。前席との間隔もしっかり確保していることも指摘しておこう。座席は後方にいくに従って緩やかに傾斜がつけられており、画面が非常に見やすい。なかなか言及されることはないが、このような配慮こそ、時間とお金をかけて映画館に足を運ぶ動機づけになることを劇場運営者が理解しているのだろうと感じた。
▼映画音響の三要素が絶品の「高品位音響」を体感
音の印象はどうか。前述の通り、スクリーン1の<Siko 至高>システムは、音響フォーマットとしては、7.1chデジタルサラウンド対応で、ドルビーアトモス対応ではない。「シビル・ウォー」は、ドルビーアトモスフォーマットで作られた映画ではあるが、劇場スタッフによると今回の上映は5.1ch再生だった。
映画は「ホワイトノイズ」という音響設備のテストで使われる「ザー」という音が劇場の四方から次々と鳴り響くシーンで幕が開く。筆者は家庭用オーディオ機器の調整をする機会が時折あって、そのホワイトノイズの音で、機器のグレードやコンディションがおおよそわかるのだが、<Siko 至高>システムで聴いたホワイトノイズは、低域から高域までよく伸びつつ、空間的な音のムラもなく、しっかりと音が躾けられていることがすぐ理解できた。
映画音響はD/M/Sという3要素で作られている。Dはダイヤローグ(声)、Mはミュージック(音楽)、Sはサウンドエフェクト(効果音)を示している。<Siko 至高>システムで観た「シビル・ウォー」は、全編を通じて、その3要素がすべて高いレベルでバランスしていた。
例を挙げよう。映画本編は、ニック・オファーマン演じる大統領が、ホワイトハウスから内戦状態の全米に向かってテレビ演説を収録する場面から始まる。敵対勢力が近づいている状況下での切迫感と緊張感、そして虚勢をにじませながら、演説を行なう。そこで絞り出される「D=声」の実在感とリアリティが秀逸だ。映画というフィクションの世界と現実を溶かすような「リアリティ」に思わず息を呑んだ。
廃墟の団地でアメリカ人同士がライフルで撃ち合う、まさにこの世の地獄というべき市街戦で描かれる「S=効果音」も強烈だ。負傷した敵兵を無慈悲に一発で撃ち殺すという極めてショッキング場面で、シアター内で映画を観ている観客全員の心臓を撃ち抜く。太いナタで高速で襲われる、そんな無慈悲な音である。前列で背筋をピンと伸ばして(後ろから見ていて緊張気味に)座っていた女性が、銃声の鋭さに身体が反応し、一瞬座席から数センチ跳び上がったのを目撃したほどだ。銃声は低域から高域まで幅広い音域で構成されているが、弾が発射された瞬間に全帯域一斉で音が鳴るタイミングが揃わないと、観客を跳び上げてしまうほどの鋭さ、激しさは表現できない。<Siko 至高>の5ウェイスピーカーは、銃声の鋭さで音のチューニングしたわけではないだろうが、設備の高性能ぶりが実によく感じられた瞬間だった。
敵味方入り混じりながら地獄の様相を見せた市街戦が落ち着くと、ピックアップトラックに装備した銃座から機関銃で敵兵を虐殺する酷いシーンが続く。バックに流れるのは、ヒップポップグループDe La Soulのドラッグ反対を明確にした名曲「Say No Go」。低音がグッと強調されていながらも、重くはない「M=音楽」のリズムがまさにゴキゲンな様子だが、スローモーションで描かれる残虐な画面とのアンマッチに無情と無常を感じた。思わず、監督のアレックス・ガーランドが、「ここの銃撃戦は強烈に、でもDe La Soulの曲はノリよくミックスしてネ」とサウンドデザイナーに指示している様子が浮かんだ。そんな妄想が正しいかは確かめようがないが、あながち間違いではないはずだ。そう確信させる「リアリティ」が音として確かに表現されていた。
音が良い映画館は、実は「無音の表現」も優れている。ちょっと逆説的な形容だが、それもまた事実である。<Siko 至高>システムで、筆者が最も感心したのが、銃撃音などの効果音の強烈さではなく、巧みに挟み込まれる無音、そして音が無くなっていく過程の描写だった。小さな音がだんだんと無音になっていく刹那に「美しさ」を感じたのである。こうした無音(あるいは無音になる過程)をどう表現するかは、映画音響的にいえば実に難しい課題であって、単に高性能な音響システムを設備として組み込めばよい、というものではない。設備面の充実に加えて、音響面での入念な環境整備が伴ってはじめて「無音の描写」に感銘を受けるレベルに高まるのである。本作は激しい音響のシーンと、その一方で登場人物たちの心象はほぼ無音という形で表現される。そうした「コントラスト(対比)」効果を上手に使うサウンドデザインが特徴的だが、それを極めてクリアーに描き出す。オーディオ機器の専門用語で評すれば「情報量が豊富」で「S/N感が高い」な音だからこそ実現した表現。映画館でありながら、高級ホームオーディオの文脈で語れる「音質」が感じられたのである。
スクリーン8に導入された<Kodo 鼓動>システムの「4ウェイカスタムスピーカー」についても簡単に触れよう。こちらは、低音を緻密かつ迫力ある再生を意識して作られたといい、音楽ライヴ作品の上映での身体で感じるような低音の再現も目指しているのだそう。7月の設備改修直後に鑑賞した「キングダム 大将軍の帰還」では、確かにその狙いは万全に実現されており、繊細でありながら強烈な低音にしびれた。低音に迫力がある、というと野放図に低音が鳴り響く、というイメージがあるが、<Kodo 鼓動>システムは、伸びはあるが鋭いキレ味の「知的な低音」といった風情だったことを報告しておこう。
▼こんなに高品位な映画上映が追加料金なしで楽しめるとは……
結論。「ミッドランドスクエア シネマ」のスクリーン1<Siko 至高>システムは、やはり音の良さが最も印象的なシアターであった。しかしながら、ただ単に「音の良い」映画館にとどまらない魅力にも溢れていることも強く述べたい。レーザープロジェクターの繊細かつ色鮮やかな映像と、激しくもデリケートな描写が両立した高品位音声が、高次元で両立しているからだ。
<Siko 至高>システム、あるいは<Kodo 鼓動>システムは、ドルビーやIMAXなどの高音質フォーマットではないため、通常料金以外の追加料金がかからない。映画を見たときの感動に比例して、鑑賞料金が決まるということであれば、100円や200円、いや500円程度は追加料金を支払うべきレベルであるのにも関わらず……。名古屋駅近くという絶好の立地も踏まえると、中部地方の高品位映画鑑賞の聖地として位置づけても良いだろう。
ミッドランドスクエア シネマは、シアター全体の清潔さ、空間としての居心地の良さがあって、たいへん気持ちが良かったことも添えておこう。勤務されているスタッフの服装や表情、姿勢などから総合的に受け取れる、上質さ。そこに、映画を観る非日常の感覚を観客が損なわないための不断の努力が感じられた。少々漠然とした感覚で説明しづらいのだが、マニュアル厳守で画一的なサービスとは一味違う空気があった。
今回は、緻密なアクション映画というべき「シビル・ウォー」を鑑賞し、<Siko 至高>システムの底知れぬ能力の一端がしっかり味わえた。この特別な音響設備の潜在能力をフルに堪能するのであれば、やはり効果音が迫力満点のアクション映画やSF超大作が最もフィットすると思う。加えて、音と映像の合せ技で恐怖を演出するサスペンス映画やホラー映画との相性もいいだろう。手練れの音響デザイナーが音で映像世界の拡張を果たすべく精魂込めて作った「TAR ター」「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」のような作品もあうはずだ。<Kodo 鼓動>システムは低音の迫力を堪能するという意味で、バイオピック(音楽伝記映画)の諸作、たとえば「ボヘミアン・ラプソディ」や「ボブ・マーリー ONE LOVE」のような作品がぴったりだと思う。
■採点
映像8.5/音声9.0/座席8.0/総合8.5
5ウェイスピーカーという異例の技術を使い、「自然さ」を極めた音。映像上映品位もお見事でした
今回の鑑賞料金
2,000円(一般料金)
ミッドランドスクエア シネマ
名古屋市中村区名駅四丁目7番1号 ミッドランドスクエア商業棟5階
ミッドランドスクエア シネマ2
名古屋市中村区名駅四丁目11番27号 シンフォニー豊田ビル2階
電話052-527-8808(オペレーター対応時間:10:00~21:30)※共通
■参考サイト
ミッドランドスクエア シネマ ホームページ
https://www.midland-sq-cinema.jp/top
ミッドランドスクエア シネマ 劇場案内
https://www.midland-sq-cinema.jp/theater/
MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM 粋システムの詳細
https://www.midland-sq-cinema.jp/iki/
MM CINEMA CLUB 詳細
https://mm-cinema-club.jp/privilege/
ミッドランドスクエア
https://www.midland-square.com/
ステレオサウンドオンライン MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM「粋(いき)」。株式会社ジーベックスのスタッフインタビュー
https://online.stereosound.co.jp/ps/17727219
ステレオサウンドオンライン MIDLANDQUALITY SOUNDSYSTEM「粋(いき)」を体験
https://online.stereosound.co.jp/ps/17720944
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