コラム:下から目線のハリウッド - 第6回

2021年4月2日更新

下から目線のハリウッド

ハリウッドの映画学校ってどうなってるの? ~三谷Pのハリウッド体験記~[後編]

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回は、前回コラムに引き続き、映画の本場・ハリウッドの映画学校の中身を大公開! その後編をお届けします。 実際にハリウッドのお膝元のフィルムスクールに通った三谷Pが、入学から卒業、さらに卒業後の進路までを前後編で語ります!


久保田:前回は、フィルムスクールでの実際の学生生活というよりは「どんな科があってどんな授業があるのか」とか「単位や学費の話」とか、フィルムスクールの概要みたいな話でした。

三谷:そうですね。

久保田:最初にちょっとその続きで聞きたいことがあるんですけど。フィルムスクールの単位ってどうやって決まるんですか?

三谷:そこは普通の大学と同じです。出席やテストやレポートや成果物――たとえば映像とかですよね――で、判断される感じです。

久保田:へー。

三谷:でも、芸術系の学校で単位を落とすことはほとんどないんですよ。普通に授業に出て、出すものを出していたら、ほぼAかBはもらえるので。

久保田:そうなんだ。スクールで教えてくれる先生っていうのは、どんな人たちなんですか?

三谷:基本的には、昼間に映画の仕事をしている人たちです。学校側としても「現役のプロが先生をやっています」というのはひとつのウリなんですね。ユニバーサルスタジオのマーケティング部門のVPとかSVPとかがマーケティングの授業で教えていたりします。

※Vice President(VP):バイスプレジデント。企業の役職のひとつ。直訳すると副社長だが、一般的には、本部長・部長・次長クラスのポジションを指すケースが多い。SVPは「Senior Vice President:シニアバイスプレジデント」を指し、日本企業では「専務」や「常務」のポジションに相当することが多い。

「ハンガー・ゲーム」
「ハンガー・ゲーム」

久保田:へー!

三谷:他には、「ハンガー・ゲーム」シリーズのプロデューサーが「脚本開発」という授業を教えていたり、私が通っていたUSC(南カリフォルニア大学)のフィルムスクールだと、そういった実務家の人たちが教えてくれるというスタイルでしたね。

久保田:現場で働いている人が先生だから、授業は夜なのか、なるほどね。先生はUSCのOBだけとは限らないんですか?

三谷:そうですね。OBだったりそうじゃなかったり、バラバラです。

久保田:いろんな先生から授業を受けていくわけだ。どの授業にも課題ってあるんですか?

三谷:USCは2年間のカリキュラムで、1年目はクリエイティブなことを学ぶ期間なんです。そのなかで、たとえば、ストーリーテリングを学ぶために脚本を読む「脚本分析」という授業があったりして。

久保田:脚本分析?

三谷:毎週2、3本の脚本を読んで、よりよくするためにはこうしたらいいんじゃないか、といったレポートを書いて提出するんです。

久保田:毎週やるんだ。すごいなぁ。

三谷:あとは「短編映画製作」の実習とかもあります。これは1年間で4本くらいの短編映画をつくるというものです。

久保田:それはけっこう大変ですね。

三谷:そうですね。あとは「名作映画を鑑賞しましょう」みたいな授業もあったりして。

久保田:あ、それはラクそう。

三谷:わりとラクな授業です。映画を観て、ディスカッションをして――。

久保田:「GOOD!」とか言うだけでいいんですか(笑)?

三谷:実際、1回発言するだけでOKみたいな授業ではあります。もちろん、「GOOD!」しか言わない人はいないですけど(笑)。

久保田:そんな数ある授業のなかで、一番キツかったのってなんですか。ウェイトトレーニング?

三谷:いやー、あれはキツかったですねー(笑)。

久保田:ないでしょ、そんな授業(笑)。

三谷:ないです(笑)。

画像2

三谷:キツかったで言うと、やっぱり「短編映画製作」ですかね。2学期の後半に4人でチームを組んで短編映画を撮る実習があるんです。そこで大変だったのが人間関係でしたね。

久保田:悪くなるんですか?

三谷:映画製作の現場で実際に起きるいろいろな揉め事が、より小さい規模で起きてギスギスしていくんですね。そのなかでなんとか人間関係を保ちながら、モチベーションも維持してチームメイトに仕事をしてもらったり。そういうところは大変でしたね。

久保田:ほー。

三谷:あとは、ロケーション(撮影場所)を確保したり、追加の人手を用意したりとか、地道に手や頭を動かす作業が多かったですね。で、予算は1200ドル(およそ12万円)なんですよ。

久保田:それけっこう大変ですね。

三谷:そうなんです。そのへんのやりくりもけっこう大変でした。それを2カ月で1本製作するスケジュールですね。撮影に2、3週間つかって、編集も2、3週間っていう感じですかね。

久保田:他の期間で、脚本どうするとかロケーション決めたりとかもするとなると、けっこうタイトですね。俳優さんのキャスティングってどうするの?

三谷:これはUSCだけじゃなくて他の学校もそうなんですけれど、全米映画俳優組合と協定を結んでいまして。組合に加入している俳優をノーギャラで雇うことができるようになっているんです。

久保田:へー! そうなんだ!

三谷: ギャラがない代わりに「クレジット表記とご飯代みたいな手当をしてあげてね」みたいな感じです。そのおかげでプロの俳優さん――もちろん、トム・クルーズとかではないですけれど――キャリアが浅い人とかにはなりますが、プロを起用できるのはすごく良かったポイントですね。

久保田:キャリアが浅いとはいえプロの人と仕事できるのは貴重な経験だよね。

三谷:そうなんです。そこの話もすると、キャスティング自体もけっこう大変でしたね。どんな役で探してて、年齢はどれくらいで、アメリカなので人種はどこの人がいいとか。

久保田:はいはい。

三谷:さらに「ブレイクダウン」っていう、物語や役の概要を書いてまとめる作業をやったりするのはフツーに大変でしたね。全部、英語でやらなきゃいけないので――。そうだ。当たり前ですけど、そもそも授業から何から、全部英語なんですよ。

久保田:そうですよね。隣に通訳の人は置いておけないし(笑)。

画像3

三谷:思い返してみると、そこはけっこう大変でしたね。クラスメイト25人中、8人の留学生以外はアメリカ人なんですけど、言ってみれば、アメリカ全土から英語――つまりは「国語」ですよね――が得意な人や「英文学を学んでました」みたいな人が来ているんですよ。

久保田:そっか。そうだよね。

三谷:そういう人たちと比較すると、圧倒的な英語力の差があるんですよね。日常会話くらいならできても、「表現」というレベルとなると、また話が違ってくるので。

久保田:それは私も経験ありますよ。日常生活レベルの英語と、ビジネスとか仕事の現場できちんと意思疎通ができる英語は別モノですからね。

三谷:たとえば、「ここでこの登場人物は、どういうことを感じてどういう表情になる」とか、心の機微みたいなものを英語で話したり伝えたりするのってなかなか大変なんですよね。

久保田:はいはい。

三谷:「微笑む」「ほくそ笑む」「あざけり笑う」とか「笑う」ということだけでも、ニュアンスとか色合いとか雰囲気は違うじゃないですか。その日本語に対応するような言葉が英語にもあって、それを理解するのはなかなか大変でしたね。

久保田:いやー、それは本当にキツいなぁ……。それどうやって乗り越えたんですか?

三谷:とにかく単語力を伸ばしました。なので、私はいつも類語辞典を持ち歩いていて、ひとつの単語について、どんな他の言い方があるかとかを勉強しましたね。

久保田:類語を調べるとニュアンスの違いもわかってくるんですか?

三谷:そうですね。日本で英語を勉強していると、一般的な表現は覚えられますけど、ニュアンスを含んだいろいろな表現は学ばないので。さっきの「笑う」で言ったら、「smile(にっこり微笑む)」なのか「beam(まばゆいほどの笑顔)」なのか、みたいな。

久保田:僕も個人的に英語の勉強して、ビジネスの場で話したことありますけど、ボッコボコにされました。本国のネイティブの人ってそのあたりキビしいよね。

三谷:はいはい。わかります。

久保田:アメリカ以外の「共通語としての英語」を使う人たちは、優しいというか、英語が下手な人への斟酌(しんしゃく)があるじゃないですか。でも、本国の人は、基準に満たない英語に対して、「足切りする感」みたいのあるよね?

三谷:あります。それはもうホントに露骨にあります。ちょっとでも拙いのがバレると「あ、こいつ拙いのね、ふーん」ってなるし、それによって相手にされなくなったりします。

久保田:あるよね、そういうの。

三谷:クラスメイトに中国からの留学生がいたんですが、英語がそこまで得意じゃないというだけで、すごくナメられてた時期がありました。授業で何か発言をしても稚拙だって思われたり。

久保田:それはキビしいなー。

三谷:現実として、英語力がないと言いたいことや伝えたいことのアウトプットが稚拙にならざるを得ない面もあるとは思います。「ワタシハ、あー、コウ、オモイマス」みたいな片言っぽい感じと言いますか。

久保田:そこをネイティブの人は一瞬で判断して態度決めるんだよね。

三谷:ですね。そこでバシッと話せると「やるじゃん」みたいに受け入れられる文化です。

久保田:「やるじゃん」って上から目線がイヤだよね(笑)。

三谷:たしかに。「じゃあ、お前が日本語を話してみろよ!」って話なんですけどね(笑)。

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久保田:それを乗り越えて単位をとって、卒業してそこから先の話なんですけど。

三谷:はいはい。卒業すると、まずは「仕事がある人」「ない人」にわかれます。もうひとつ、プロデュース科のちょっとズルいところがあるんですよ。

久保田:なんですか?

三谷:プロデュース科の人たちには、1年生から2年生のあいだの夏休みに、学科が斡旋してくれる「お給料がもらえるインターンシップ制度」があって、映画関連の現場で働けるんです。それは他の学科にはない制度なんですよ。

久保田:へー!

三谷:その機会を活かして、そのままインターン先でアシスタントに上がる人が一定数いて、それなりに能力があって、且つ、その会社でポジションが空いていたらお声がかかるわけです。

久保田:なるほど。

三谷:卒業した時点でそのポジションを持っている人は先が期待できるねってなります。そうじゃない人は、みんな基本的に無職になります。

久保田:無職!? えー、そうなんだ!

三谷:無職です(笑)。そこでみんな就活をしていくわけですけど、ハリウッドの映画業界って公募をかけることはあまりないんですね。なので、過去に知り合ったりお世話になったりした人に当たることになります。

久保田:そこで誰かと会って、「今、仕事を探してて」って相談して、紹介してもらえたり、つれなくされたりするわけだ。

三谷:そういうことです。で、その段階でやっていけない人が出てきて、卒業して2、3年目になると、映画業界から離れる人も出てきます。

久保田:そうなんだぁ。

三谷:辞めるパターンも「仕事にありつけないから」という理由もありますし、「仕事をしたけど、こんなはずじゃなかった!」という理由で辞める人がけっこう多いです。外国人だとさらにそこにビザの問題も絡んできます。

久保田:あー、それは大変だ。

三谷:アメリカに居続けるためのビザをスポンサーしてくれる会社を見つけられるかどうかで、結果、辞めていく人もいます。私自身もビザの問題でハリウッドから離れたひとりです。

久保田:なかなかサバイバルですね。

三谷:私の場合、帰国してから、たまたまマーティン・スコセッシ監督の「沈黙 サイレンス」の仕事をしていたクラスメイトから、「日本原作で撮影も台湾だから、日本人スタッフが必要なんだ」という声がかかって、その現場で人間関係をつくれたので、それ以降の仕事にもつながっていったわけです。

久保田:ホントに人のつながりなんだね。

三谷:そうです。なので、ひとつ仕事をもらったら、その現場でいかにパフォーマンスを出せるかどうかも大事なポイントになりますね。打席が少ない上に、その打席でヒット以上の結果を出さないと、次の打席に立たせてもらえないことは多いです。

久保田:それは映画の興行成績とは関係ないですよね?

三谷:そうですね。興行成績は関係なくて、単純に、「仕事がテキパキできる」とか「感じが良くて現場にいてくれると助かるから」とかで、勝手に次の仕事にオススメされたりすることもあります。

久保田:逆に、入学するのに倍率高くて、入ってからも競争のある大学を出て、テキパキしていない人なんているんですか?

三谷:それがない話じゃなくて。プロデュース科が優遇されているからこそ調子に乗ってしまう人もけっこういるんです。「オレはこんなにイイ学校を出たんだからもっとイイ仕事がもらえるはずだ」「こんなショボイ仕事はできない」みたいな態度の人がある程度、出てきてしまうんですね。

久保田:それだと、「アイツ、全然使えないのに態度悪かったぜ」ってなるでしょうね。

三谷:それで「じゃあ、あんまり起用しないほうがいいね」って話になる人もいます。

久保田:ぶっちゃけ業界内に「学閥」ってあるんですか?

三谷:そんなに露骨にはないですけれど、USCのOBは業界内に多いので仕事につながりやすい面はあるかもしれないです。「お前はこの学校じゃないから起用しない!」みたいなことはないです。

久保田:そこまでのガチガチの学閥感はないのね。

三谷:たとえば、日本人が全然いない海外に旅行にいって、たまたま日本人と会ったらちょっと嬉しいじゃないですか。

久保田:はいはい。

三谷:そういう感じと似ていて、ハリウッドという戦場で――すごい親しくなかったとしても――同郷、同卒みたいな人と会えると安心感はあったりするので、そういうつながりはやっぱり大事ですね。

久保田:今回のコラムは前後編ですけど、全体をまとめると。

三谷:はいはい。

久保田:フィルムスクールに入るのも大変。卒業後に業界に根を張るのも大変。仕事の打席が回ってきたらパフォーマンス出さないと次がない。尚且つ、そのすべてにネイティブが認める英語力が必要。あと、現地での生活は日本以上にお金がかかるはずだしね。

三谷:そうですね。

久保田:ムズい!! それでもあなたはハリウッドを目指しますか!?

三谷: いやいやいやいや(笑)。ただ実際そうなのは確かなので、ゆくゆくは映画業界を目指す人にとっての道が広くなっていったらいいなとは思いますね。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#31 ハリウッドの映画学校ってどうなってるの? ~三谷Pのハリウッド体験記~[後編])でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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