コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第2回

2014年1月10日更新

清水節のメディア・シンクタンク

第2回:未来にいちばん近い映画館、成田IMAXで「ゼロ・グラビティ」を見る

映画が生まれ変わる瞬間を目撃した。リュミエール兄弟の『列車の到着』がパリで上映されたとき、列車が迫って来るというただそれだけの映像に迫真性を感じ、席を立って逃げ出そうとした観客の気持ちがわかるような気がする。『ゼロ・グラビティ』という作品は、それほどまでに「映画」がもたらす原初の驚きを呼び覚ましてくれる。逆境に遭い、喪失感を抱えつつも克服し、やがて再生するシンプルにして強い物語。宇宙空間に放り出されたヒロインを、見守るのではなく、彼女とともに恐怖を覚え、息を殺し、漂い、意を決し、冒険に挑む。そんな体験に、よりリアリティを与えるのが、デジタルな立体映像の大画面だ。アルフォンソ・キュアロン監督は、テクノロジーの進化を待って4年以上の歳月をかけ、3Dの機能が生かされる意味と、巨大スクリーンが物語に果たす役割を、再発見させてくれた。

「ゼロ・グラビティ」
「ゼロ・グラビティ」

スマホの4インチ画面のコンテンツとして、映画を楽しむ者が増えつつあるユビキタス社会で、シネコンにはますます劇場ならではの魅力が求められる。映画館で鑑賞する必然性を再確認させるかのような、新シアターの誕生が相次ぐ。天井にも設置された多数のスピーカーから音が降り注ぎ、立体的な音場を創り上げる「ドルビーアトモス」。シーンに合わせて衝撃を座席の動きで伝え、風やミストを感じさせ、香りや煙まで立ち込める「4DX」。劇場が、ライドアクションやコンサートホールのように進化していくのは楽しい。ただ、『ゼロ・グラビティ』の無重力を堪能する上で究極のスクリーン体験は何かといえば、今のところ「IMAX」に敵うものはないだろう。

なぜIMAXは凄いのか。一言で言うなら、巨大で明るく高精細な画質が「世界」へ没入させてくれるからだ。臨場感を高めるため、スクリーンはなだらかに湾曲し、客席を包み込むように設計されている。テレビに対抗して1950年代にシネラマやシネスコといったワイドスクリーンが台頭した後、IMAXは1960年代後半にカナダで生まれた。実は、初めてIMAX方式の作品が上映されたのは日本。1970年大阪万博の富士グループ館だった。35㎜フィルムを縦に送るのが常識の時代に、15パーフォレーションの70㎜フィルムを水平に送ることで1コマに使用する面積を大きくし、最高品質の映像を実現した。80~90年代、博覧会の度に専用ソフトも充実し、やがて通常の劇映画を4~8KスキャンしてIMAXフォーマットにリマスター上映するシステムも登場。国内では、天保山や新宿、品川を始め全国各地に常設館が建てられた。しかし、プリント費が高額で維持運営費がかさむ建造物は、失われた20年の間に次々と消えていった。

救世主はデジタルだった。アメリカでシネコンにIMAXシアターを併設する形態が拡がり、ゼロ年代後半に「IMAXデジタル」が登場する。従来の70㎜フィルム15パーフォレーションの高解像度映像をデジタルデータに移行させるこのシステムには、DLPシネマプロジェクターが用いられた。IMAX 3D上映を行う場合は、なんと2台のプロジェクターを同時に使用し、Real D方式による3Dの2.5倍の明るさを可能にした。国内のIMAXデジタルシアターは、2009年6月オープンした109シネマズによる川崎・菖蒲・箕面を皮切りとして、ユナイテッドシネマやシネマサンシャイン、ヒューマックスシネマによって各地に導入されていく。ただし、既存のシネコンのスクリーンを改装して設置する場合、どうしてもスクリーンサイズは本場に比べて小ぶりの“プチIMAX”にとどまってしまう。

では現在、IMAXデジタルシアターの能力を可能な限り引き出している国内スクリーンはどこか。この比較は容易ではない。IMAX本社は、スクリーンサイズを公表していないからだ。だが断言しよう。筆者が足を運んで確認した最大級は、「成田HUMAXシネマズ」である。なぜなら成田は、日本初の単独棟建築によるIMAXデジタルシアターであり、3階建て構造に匹敵する。公表しないのなら測るしかない。湾曲スクリーンに沿って歩いてみた。身長168㎝の筆者の歩幅約75.6㎝で、32歩半。乗ずれば約24.5m。客席からスクリーンに対して定規をかざし縦横比を調べると1:1.75。つまり成田のIMAXスクリーンは、およそ【縦14m×横24.5m】と割り出すことが出来る。他の国内IMAXと比べ、縦が圧倒的に長い。目測だが、ユナイテッドシネマとしまえんのIMAXスクリーンの2倍弱はある。公表されている非IMAXと比較するなら、ららぽーと船橋に設置されたTOHOシネマズのラージスクリーン規格「TCX」は、10.1m×18.8m。TOHOシネマズ六本木ヒルズのスクリーン7は、8.4m×20.2m。ユナイテッドシネマ豊洲のスクリーン10は、9.3m×22.6m。成田IMAXの威容がおわかり頂けるだろう。ただし、上には上がある。世界最大のIMAXスクリーンはシドニーにあり、縦30m×横36mといわれている!

成田IMAXデジタルシアター場内
成田IMAXデジタルシアター場内

覆われるほど巨大なスクリーンに身体を預けて入り込むIMAX体験を超えるのは、おそらく、視覚が画面内に同化するAR(拡張現実)が完成するときではないか。グラス式が出回り始めたウェアラブルが可能にする究極形だ。さらにその先には、『アバター』さながらに脳にジャックインして意識を別世界へ飛ばす現実がやって来るかもしれない。その日が訪れるまで、当面の未来は「成田IMAX」にある。

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本コラムは、総合映画情報サイト映画.comと、映画・放送・音楽などエンターテインメント業界全般をカバーする業界紙、文化通信社のコラボレーションでお届けします。奇数月は映画.comに、偶数月は文化通信.comに掲載します。
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筆者紹介

清水節のコラム

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。

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