コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第14回

2015年12月22日更新

清水節のメディア・シンクタンク

第14回:ヒロイン神話<レイ三部作>の幕開け!「スター・ウォーズ フォースの覚醒」を読み解く!!

■新キャラたちの「仮面」こそエイブラムスのイコン

3人の主要キャラクターから映画を見渡してみよう。カイロ・レンは言うまでもなく、レイもフィンも、初登場シーンでは皆、本来の顔を覆い隠している。レイは砂嵐から守る覆面を、フィンはストーム・トルーパーのマスクを。この「仮面」こそ、J.J.エイブラムスのイコンだと言ったら穿ちすぎだろうか。「ミッション:インポッシブル」も「スター・トレック」も「スター・ウォーズ」もこなす変幻自在な振る舞いは、作家性の希薄さの表れでもある。「スター・ウォーズ フォースの覚醒」とは、イミテーションがホンモノになることを目指す映画といえるかもしれない。それは、語るべき自身の物語を持っていたルーカス作品ににじり寄る行為を、自己表現に変えようとする“影武者”としてのエイブラムス本来の切実なテーマに思えてくるのだ。

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そんなエイブラムスを最も体現するのはカイロ・レンではないか。レンは、ダース・ベイダーを崇め、真の悪になるべく葛藤している。レンの怒りは相手に恐怖を与えるものというよりは、未熟な自身に対する苛立ちであり、未だ邪悪になりきれておらず、時としてサイコにも映る。荒削りなライトセーバーの血走った光は、屈折した感情そのもの。身勝手な正義を信奉し、アイデンティティを補強しようとする姿は痛ましい。善なる光明が残存する悪。このヴィラン造形は現代的であり、本作を魅力的なものにしているが、同時に、強大な悪役の不在という弱点ともなっている。フィギュアの売れ行きだけを考えれば、シャープな別のデザインという選択肢もあっただろうが、フードを被り死神をイメージさせる姿形は、クリエイティビティ優先の制作体制を感じさせる。

■フィンの登録番号「2187」に込めたルーカスへの敬意

フィンはストーム・トルーパーの脱走兵だ。サーガ史上初のトルーパーを「人」として描く画期的な試み。彼は仲間のトルーパーが血を流して死んでいく姿を目撃し、逃亡する。幼い頃から兵士として養成されてきたフィンの登録番号はFN-2187。コアファンなら「2187」が、エピソード4でデス・スターに収監されていたレイアの独房ナンバーだと気づくだろう。しかしこの数字はスター・ウォーズ世界にとって、もっと深い意味がある。

ルーカスが学生時代に影響を受けた作品のひとつが、1964年の短編「21-87」。それはカナダのナショナル・フィルム・ボード製作によりアーサー・リプセットが監督した10分弱の抽象的なドキュメンタリーだった。中盤、「君は2187だろう」と声もなく笑う音声が聞こえてくる。管理社会における総背番号制の恐怖を示唆するこのシーンの思想と表現に、ルーカスは強くインスパイアされた。評伝「ジョージ・ルーカス伝 スカイウォーキング」の中で、「大学時代に作った映画のタイトルに番号を使ったのもあの映画の影響が大きい」と認めている。近未来SF「THX 1138」の中では、女性ルームメイトが死亡した年として「2187」が引用された。なお、学生時代のルーカス作品については、拙著「スター・ウォーズ学」(共著・柴尾英令)に詳述したので、ご参考あれ。

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さらに短編「21-87」の中には、こんな会話も登場する。「人は複雑なマシンである」という主張に対し、「人は大自然や生き物とのコミュニケーションの中で、フォースのような何かを感じている」と返す。そう、「スター・ウォーズ」の根幹を成す世界観に、「21-87」は多大な影響を与えているのだ。自由と正義を求めて逃走したフィンの出自に込めたナンバーを通して、エイブラムスは創造主ルーカスに対し、敬意を払っている。

■果てしなく夢想が拡がるヒロイン・レイの出自の秘密

最後に、レイの話をしよう。彼女に扮する1992年生まれの英国女優デイジー・リドリーは、観る者をたちまち惹き付けてしまった。もちろん豊かな感情表現と、激しいアクションもこなす身体能力の賜物だが、それだけではないだろう。観終えてもなお、レイとは何者なのかという謎が観客の心に残り、彼女について考え続けてしまうからだ。ヒロインでありながら、「家族を待っている」としか説明されないレイの出自の秘密はもどかしい。緑の惑星タコダナに住むマズ・カナタの古城の地下で起きた現象をめぐって、あらゆる可能性が脳裏に押し寄せる。しかし考えてみれば、エピソード4の主人公ルークにとって、周囲の人物との真の関係性は伏せられたままだった。ダース・ベイダーは仇にすぎず、レイアは仄かな恋を予感させる対象だったではないか。

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ならば次作には、衝撃的な展開が待つということだろうか。いや、そこまでプロットをトレースしてしまうのは、愚の骨頂になりかねない。エピソード6で、ヨーダが死に際に言ったセリフを覚えているだろうか。「ルークよ、おまえの家系は皆フォースが強い。学んだことを次の代に伝えるのだ」。あの言葉を手掛かりに、レイを中心に語られる三部作を夢想してきたが、今作で明らかになった人物関係からは、彼女の素姓はまったく予断を許さない。神話の法則を踏襲するならば、この三部作はレイの貴種流離譚であり、「父殺し」の物語でなければならない。クワイ=ガンに見出されたアナキンのように、キリストよろしく無原罪で生まれたという設定を持ち出すことも可能だ。あるいは、神話における子は父を殺すことで自立したが、父なる存在が力を失い、「父殺し」が意味を失った時代の新たなテーマに挑むとでもいうのか。果てしなく語りたくなるスター・ウォーズの世界。2017年初夏のエピソード8公開を待つまで、いったい何度、「フォースの覚醒」を観ることになるのだろう。

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●新潮新書「スター・ウォーズ学」(著:清水 節/柴尾英令)

(C) 2015 Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.

筆者紹介

清水節のコラム

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。

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