コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第43回

2012年11月28日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「有りがたうさん」

清水宏は私の整体師だ。体調が悪いときや気分がすぐれないとき、私はたびたび清水宏の映画に治療されてきた。

彼の映画は余白が大きい。余韻も深い。のんびりした諧謔味と、どこかへ流れていってしまいたいという切なさとが、分かちがたく結びついている。その融合が、見る側の心に働きかける。心をほぐし、同時に頭の芯を焼いてくれる。だらしなくはさせない。

有りがたうさん」も、味のあるロードムービーだ。脚本はなし。オールロケ。アメリカで発売されたDVDには「ミスター・サンキュー」という英題がついている。まあね、とつぶやきつつ、やはりニヤリとしたくなる。

有りがたうさんとは、上原謙が演じる路線バスの運転手の綽名(あだな)だ。狭い道を走るバスを歩行者がよけてくれるたび、上原謙は「ありがとう」と声をかける。バスは伊豆半島の東側を往復する。時代は1930年代。大恐慌時代のさなかとあって、人々の暮らしは苦しい。車内には東京へ売られていく娘が乗っているし、バスが追い抜く通行人のなかには道路工事に励む朝鮮人労働者の女も混じる。

有りがたうさんは、そんな人々と淡く心を通わせる。清水宏も、彼らの心理を深追いしない。キャメラは、8人乗りボンネットバスの内部と、窓の外を通過していく風景を交互にとらえるだけだ。塩味は薄い。無理やり話を盛り上げるような真似もしない。

にもかかわらず、自然光を生かした映像の奥には、乗客や通行人の生活や物語が浮かび上がる。有りがたうさんがたんなる運転手にとどまらず、人々に安らぎをもたらす媒体となっている事情もゆるやかにあぶりだされてくる。黒襟の女に扮した桑野通子が、もうひとつの光源となって映画の袖を照らし出しているのも見逃せない。
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有りがたうさん

BSプレミアム 12月21日(金) 19:32~20:49

監督・脚色:清水宏
原作:川端康成
撮影:青木勇
出演:上原謙桑野通子、築地まゆみ、二葉かほる石山隆嗣
1936年日本映画/1時間18分

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「許されざる者」

アカデミー賞4部門(作品、監督、助演男優、編集)を受賞したが、 主演男優賞はノミネートにとどまった。ちなみにその年に受賞したのは 「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」のアル・パチーノ
アカデミー賞4部門(作品、監督、助演男優、編集)を受賞したが、 主演男優賞はノミネートにとどまった。ちなみにその年に受賞したのは 「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」のアル・パチーノ

まだ飽きない。頭の芯にからみついてくる部分があり、時の流れに応じて、それがさまざまな形で醗酵する。

許されざる者」はそんな映画だ。話は複雑ではない。語り口の基本もわかっている。ただ、整理しようとすると、整理の仕方が前とは微妙にずれていることに気づく。なぜか。映画が生きているからだ。私も変化しているからだ。映画の分析は死体解剖ではない。映画は呼吸し、私も呼吸しながら向かい合う。

ご存じの方が多いはずなので、あらすじは省略させていただく。主人公のウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)は貧しい農夫だが、もともとは殺人鬼だ。そんな男が、ささやかな賞金目当てにミズーリからワイオミングへ足を伸ばす。そんな彼の行動を「法の番人」を自称する保安官リトル・ビル(ジーン・ハックマン)がさえぎる。

え? といぶかるのは、昔の西部劇を知っている人だ。通常、観客は元悪人に肩入れしない。「家を建てようとしている」法の番人に反感を抱きもしない。ところがイーストウッドは、この構造をくるりと裏返す。賞金稼ぎという最初の動機が消えるわけではないが、話は不思議な形でねじれる。

思わせぶりをいってもはじまらないので、話の底を割ろう。マニーは善良な家庭人になろうとした。擬態だ。ビルは法の番人を務めようとした。これも擬態だ。マニーは殺人鬼で、ビルは血に飢えたサディストだ。このねじれが、観客を宙吊りにする。前に進もうとする物語を、ずるっと横へ滑らせる。あ、悪人と悪人が戦っている、と気づいたときには、観客はとんでもない深みにはまっている。イーストウッドには、この映画でアカデミー主演男優賞を授与すべきだった。こんな役柄を創造し、身体ごとその役になりきるというのは、奇跡に近い仕事だったはずだ。

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許されざる者

WOWOWシネマ 12月22日(土) 16:30~18:45

原題:Unforgiven
監督・製作:クリント・イーストウッド
脚本:デビッド・ウェッブ・ピープルズ
撮影:ジャック・N・グリーン
編集:ジョエル・コックス
出演:クリント・イーストウッドジーン・ハックマンモーガン・フリーマンリチャード・ハリス
1992年アメリカ映画/2時間11分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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