コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第39回

2012年8月1日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「錆びたナイフ」

裕次郎、宍戸錠、小林旭の日活スターが共演した ハードボイルドアクション
裕次郎、宍戸錠、小林旭の日活スターが共演した ハードボイルドアクション

舛田利雄の初監督作品である。

舛田利雄石原裕次郎が初めてコンビを組んだ映画でもある。ふたりはこのあと、監督と主演俳優として、25本もの映画で協働する。

そうか、1958年か。私は神戸へ引っ越してきたばかりで、「錆びたナイフ」のポスターはそこらじゅうで見かけた。ただ、映画を見たのは10年以上あとになってからだ。

34年生まれの裕次郎は、撮影時23歳だった。舛田も30歳の若さだ。杉浦直樹が裕次郎より3歳年上、宍戸錠北原三枝が1歳年上、4歳下の小林旭にいたっては、まだ10代の若さだった。全員が若い。旭などは、幼い印象さえ与える。

そんな人たちが、西日本の架空の工業都市を舞台にすったもんだを繰り広げる。杉浦が暴力団のボスで、宍戸と裕次郎と旭がかつて敵対していた組織の元チンピラで、そこに戦後の復興や地方政治がからんでくる。

まあ、脚本は緻密さを欠く。映像やアクションにも冒険は足りない。もうひと工夫あれば映画はずっと濃くなったはずなのに、細部を詰めていく姿勢は感じられない。

しかし、気合は入っている。いや、気合というより、野放図な熱気と呼んだほうが適切だろうか。チンピラが列車から突き落とされる場面。ダンプカーが何度もぶつかり合う場面。ジャックナイフと仕込み杖の接近戦が描かれる場面。日活映画が「無国籍アクション」と呼ばれるようになるのはほんの少しあとのことだが、いま挙げたのはその先駆的な場面といえるだろう。

裕次郎の動きは、いま見直してもしなやかだ。手足が長くて反射神経が鋭く、湿気やもたつきをほとんど感じさせない。ちょっとだけ年下の長嶋茂雄もそうだったが、昭和30年代の日本が、前向きでドライなヒーローに飢えていたことはとてもよくわかる。

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錆びたナイフ

WOWOWシネマ 8月15日(水) 08:45~10:30

監督・脚本:舛田利雄
原作・脚本:石原慎太郎
製作:水の江瀧子
撮影:高村倉太郎
音楽:佐藤勝
出演:石原裕次郎小林旭宍戸錠北原三枝白木万理杉浦直樹
1958年日本映画/1時間30分

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「太陽はひとりぼっち」

「情事」「夜」につづく「愛の不毛」3部作の最終作。 ドロンとビッティがその美貌を惜しげもなくさらけ出す
「情事」「夜」につづく「愛の不毛」3部作の最終作。 ドロンとビッティがその美貌を惜しげもなくさらけ出す

1960年代、ヨーロッパ映画には趣味のよい女神が3人いた。ゴダールにはアンナ・カリーナトリュフォーにはジャンヌ・モロー、そしてアントニオーニにはモニカ・ビッティ

カリーナには果実味があった。モローにはタンニンがあった。そしてビッティにはブーケがあった。別の言葉でいうと、ビッティが身にまとっていたアンニュイな空気は、3人のなかでも特殊だった。けだるげで、色っぽくて、もしかすると最も不安定な気配。

アントニオーニの作風と相まって、ビッティには「実存」という言葉の花輪もしばしば捧げられた。私は鼻で嗤っていたが、映画で哲学を語りたい人たちには恰好の対象だったにちがいない。ま、カラスの勝手ですが。

太陽はひとりぼっち」は、アントニオーニとビッティが組んだ3本目の映画だ。私は、この映画を見るたび、アントニオーニに「女優の監督」というレッテルを貼りたくなる。世評とは逆の見方かもしれないが、この映画のキャメラは、執拗なまでにビッティを愛撫しつづけているのだ。

ビッティもそれに応えて、眼や肉体をいろいろな形でさまよわせる。ただ、興味深いのは、彼女が「見られる存在」で終わらず、「見る存在」に自分を変化させる場面が何度か出てくることだ。そんなときのビッティは、まるで抜け目のない探偵のようだ。

相手役のアラン・ドロンも、物質万能主義の株式仲買人に扮してなかなか魅力的だが、ビッティの発散するニュアンスの豊かさは、肉の匂いと花の香りで男を包むブルゴーニュの古酒だ。これなら、アントニオーニがぞっこんだったのも無理はない。ラスト7分、主役ふたりが不在のままの街角を、朝昼晩と時間を変えて撮りつづけた監督の意地にも拍手を送りたいが、見終えて頭に残るのは、ちょっと胴が長いモニカ・ビッティの艶姿だ。彼女はこの年、30歳を出たばかりだった。

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太陽はひとりぼっち

WOWOWシネマ 8月6日(月) 07:00~09:10

原題:L'eclipse
監督・脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本:トニーノ・グエッラエリオ・バルトリーニ、オティエロ・オティエリ
製作:ロベール・アキムレイモン・アキム
出演:アラン・ドロンモニカ・ビッティフランシスコ・ラバル、ルイ・セニエ
1962年イタリア映画/2時間4分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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