コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第38回

2012年6月29日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「女と男のいる舗道」

ゴダールとカリーナの結婚後第2作。主人公の名前は エミール・ゾラの小説「ナナ」からとられた
ゴダールとカリーナの結婚後第2作。主人公の名前は エミール・ゾラの小説「ナナ」からとられた

18歳のころ、私はアンナ・カリーナにぞっこんだった。7歳のころの夢の女はジーナ・ロロブリジーダだったが、これは欲望の種類がちがう。アンナ・カリーナのような恋人を作るぞ、と私は心に誓ったが、そういう相手にはなかなか出会えなかった。当たり前か。

女と男のいる舗道」のナナは、私の頭に棲みついていた。ナナは娼婦だ。ポールという男と結婚して、子供もいたのだが、女優になりたいといって家を出る。だがもちろん、まともな手段でまとまった金を稼ぐ方法はない。レコード屋で働いたり、ピンボールをして遊んだりしているうち、ナナはラウルというヒモに出会って娼婦になる。

といっても、メロドラマ的な起伏をこの映画に期待してはいけない。ナナはなぜポールと別れたのか? ナナは子供のことを考えていないのか? 監督のゴダールは、そんなことを一切説明しない。「12の点景」という副題からもわかるとおり、ゴダールはナナを見つめ、ナナを取り巻く空間を探り、ナナの生活を観察する。

その映像が素晴らしい。記録された映像というよりも、その場その場で肉眼がとらえた映像、と呼ぶべきだろうか。たとえば、娼婦が集まる通りを写した場面を思い出してみよう。キャメラは通りの片側を流したあとで反対側を流し、気になる女に遭遇すると、移動の速度をゆるめる。あるいは、建物の高層階にあるカフェで撮られた有名なシーンを思い出してもよい。たばこを吸ったラウルがナナにキスすると、ナナが口からたばこの煙を吐き出す場面だ。眼下のシャンゼリゼを背景に、ナナは茫然としている。どこかずしりとしていながらかげろうのようで、はかなげに見えながら肉の質感が伝わってくるような存在。ゴダールが彼女に夢中になっていたからこそ私もナナに岡っ惚れしたのだ、と気づくまでには、少し時間がかかった。
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女と男のいる舗道

WOWOWシネマ 7月24日(火) 02:45~04:15

原題:Vivre Sa Vie
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール
製作:ピエール・ブロンベルジェ
撮影:ラウール・クタール
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:アンナ・カリーナサディ・ルボット、ブリス・パラン、アンドレ・S・ラバルト
1962年フランス映画/1時間24分

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「ラヴ・ストリームス」

ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した カサベテスの遺作
ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した カサベテスの遺作

ジーナ・ローランズの脚は細い。肩幅が広く、上体が頑丈そうで、顔が大人びているため、あの脚の細さはどこかアンバランスに感じられる。そんな細い脚をハイヒールに突っ込み、彼女はけっこうすたすたと歩く。

ローランズが演じているのはサラという女だ。サラは、離婚係争中の夫(シーモア・カッセル)と娘の親権を争っている。が、娘は父との同居を望む。サラはヨーロッパに旅行し、山のような荷物に囲まれて帰ってくる。

帰ってきた先は、弟の家だ。ふたりが姉弟であることは、だいぶ先にならなければわからない。弟のロバート(ジョン・カサベテス)は小説家だ。粗悪な小説を書き散らし、ハリウッド・ヒルズの邸に娼婦を集めて、日夜、乱痴気騒ぎに明け暮れている。

話の紹介はもうやめよう。「ラヴ・ストリームス」の登場人物は狂っている。愛に飢え、人を愛することが絶望的に下手で、人に愛されることがもっと絶望的に下手だ。つまり、痛い。そして苦しい。心の内出血は激しく、もはや手の打ちようがない。

監督も兼ねるカサベテスは、そんな彼らを物語の容器に押し込めたりしない。代わりに、彼は登場人物に身を添わせる。ドキュメンタリーでも心理ドラマでもない形で、彼らとともに呼吸し、彼らとともに流血してみせる。そして不思議なことに、映画はけっして暗くならない。描き出されるのは、愛の残酷と絶望の悲惨ばかりだが、狂っている彼らは現実の束縛などもはや歯牙にかけない。むしろ突き抜ける。ここが見事だ。馬や山羊やアヒルをタクシーで家に連れ帰るサラも立派だが、嵐の夜に動物たちを室内で保護するロバートも立派だ。人間、覚悟を決めれば狂気も怖くない。ほかの人の言葉なら反発するだろうが、カサベテスがそういえば、信じてみたくなる。
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ラヴ・ストリームス

WOWOWシネマ 7月11日(水) 23:00~01:30

原題:Love Streams
監督:ジョン・カサベテス
製作:メナハム・ゴーランヨーラン・グローバス
脚本:ジョン・カサベテステッド・アレン
出演:ジーナ・ローランズジョン・カサベテスシーモア・カッセルダイアン・アボット
1984年アメリカ映画/2時間19分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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