コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第19回

2011年3月15日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「シンシナティ・キッド」

マックィーンとロビンソン の対決に注目
マックィーンとロビンソン の対決に注目

展開はのろい。途中で余計なラブロマンスが入り込んでくる。描写の陰翳も豊かとはいえない。

数え立てれば、「シンシナティ・キッド」には欠点が多い。とくに映画の前半部、主役のシンシナティ・キッド(スティーブ・マックィーン)が恋人のクリスチャン(チューズデイ・ウェルド)を追って田舎へ行くくだりなどは、あくびを噛み殺すのに苦労する。

だがこの映画には、駄作と切り捨てられない味わいがある。

最大の魅力は、マックィーンとランシー・ハワード(エドワード・G・ロビンソン)の対決シーンだ。映画の公開時、マックィーンは35歳で、ロビンソンは71歳だった。

とくに驚かされるのは、ロビンソンのオーラだろう。この役を演じるはずだったスペンサー・トレイシーが体調不良で降板したあとを引き継いだとは思えぬほど、この映画のロビンソンは渋くてしたたかで、役にはまっている。しかも、「食えないおやじ」のイメージを打ち出すだけではなく、年相応のやつれや衰えもしっかり造型しているのだ。

一方のマックィーンも、さすがに動きが速い。ポーカー映画はしばしばボクシング映画に喩えられるが、マックィーンの場合も眼と手の連動が実にめざましい。いいかえるなら、彼はポーカーに必要な運動神経を備えているだけでなく、フィルムのカッティング(編集はハル・アシュビーだ)を楽しくさせるような運動神経も備えていたのだった。

そんなわけで、映画の終盤に来ると、私はやはり画面から眼が離せなくなる。ここでは、親子ほど年のちがうふたりの俳優が、技とカリスマ性の火花を散らしている。ちなみに、ふたりの「手」がぶつかり合う確率は、なんと4500万分の1という数字になるらしい。

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シンシナティ・キッド

NHK衛星第2 3月23日(水) 00:15~02:00

原題:The Cincinnati Kid
監督:ノーマン・ジュイソン
出演:スティーブ・マックィーンエドワード・G・ロビンソン、アン・マーグレット、チューズデイ・ウェルド
1965年アメリカ映画/1時間42分

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「息もできない」

ヤン・イクチュンが人生をかけて作り上げた 2010年度を代表する名作
ヤン・イクチュンが人生をかけて作り上げた 2010年度を代表する名作

息もできない」を最初に見たときの印象は忘れられない。鮮烈で、痛烈で、苛烈だった。

技術面でのささやかな弱点はともかく、気合がちがっていた。いまは「烈」という文字を連ねてしまったが、つぎは「切」という文字を並べたくなる。哀切、痛切、切実。

原動力は、なんといっても監督・主演を兼ねるヤン・イクチュンの面構えだ。

ヤンが演じるのは、キム・サンフンという取立て屋だ。彼は債務者をすぐ殴る。債務者のみならず、自身の輩下がもたつくとそちらも殴り飛ばす。いわば「歩く暴力」だ。その根っこには、父親の暴力が原因で母と妹を失った少年時代の体験がある。出口のない暴力の再生産、といっても過言ではない。

だが、「息もできない」は陰惨にならない。映画がはじまってほどなく、奇妙なカップルが生まれるからだ。男はもちろんサンフン。女はハン・ヨニ(キム・コッピ)という高校3年生。ヨニの家庭も機能不全だ。

このふたりが、2匹の野犬のように街をさまよう。ロマンスやセックスの匂いは立ちのぼらないが、ふたりはある種の双子だ。共通する性格は、不敵と純情。どちらも口は悪いが、たがいがたがいの養分であることに気づいている。そして、そこにもうひとりからんでくるのが、ヨニの弟ヨンジェ(イ・ファン)だ。ヨンジェは、不吉な影も運び込む。

というわけで、描かれている世界は狭い。低予算映画の常で、主な登場人物はほぼ出ずっぱりだし、手持キャメラの多用もやや眼に障る。が、ヤン・イクチュンは自作自演映画にありがちなナルシシズムを感じさせない。主人公を世界に直面させ、罵倒語の山を笑えるほどうずたかく積み上げながら、彼自身が映画という小宇宙に正面から勝負をかけているためだ。3度4度と見返しても、「息もできない」の鮮度は不思議に落ちてこない。

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息もできない

WOWOW 3月23日(水) 0:00~02:11

英題:Breathless
製作・脚本・監督:ヤン・イクチュン
編集:イ・ヨンジュン、ヤン・イクチュン
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン、チョン・マンシク
2009年韓国映画/2時間11分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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