コラム:芝山幹郎 娯楽映画 ロスト&ファウンド - 第11回
2015年7月4日更新
ああ面白かった、だけでもかまわないが、話の筋やスターの華やかさだけで映画を見た気になってしまうのは寂しい。よほど出来の悪い作り手は別にして、映画作家は、先人が残した豊かな遺産やさまざまなたくらみを、作品のなかにしっかり練り込もうとしている。
それを見逃すのは、本当にもったいない。よくできた娯楽映画は、知恵と工夫がぎっしり詰まった鉱脈だ。その鉱脈は、地表に露出している部分だけでなく、深い場所に眠る地底の王国ともつながっている。さあ、その王国を探しにいこうではないか。映画はもっともっと楽しめるはずだ。
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第11回:「フレンチアルプスで起きたこと」と巧みなクリンチワーク
バケーション・コメディというジャンルを、私はひそかに愛好している。子供のころに見た(ホープ&クロスビーの)珍道中シリーズや(森繁久彌の)社長洋行記あたりはそんなにぴんと来なかったのだが、30年以上前にカリフォルニアで「ホリデーロード4000キロ」(83)を見て、その楽しさに開眼した。
映画は、シカゴの中産階級一家4人がクイズに当選し、中古のステーションワゴンに乗って西海岸の遊園地をめざすという単純な筋立てだ。ただし、やることなすことがことごとく裏目に出るその道中が、あまりに馬鹿であまりにおかしくて、文字どおり腹の皮がよじれてしまった。主演のチェビー・チェイスがグランドキャニオンで3度うなずいてすぐに戻ってくる場面のおかしさなど、見てくださいとしかいいようがない。私はしばらくの間、私と同じくらいアホの友人と「グランドキャニオンごっこ」に興じ、会うたびに3度ずつうなずき合っていたほどだった。
コミカルというより不穏
「フレンチアルプスで起きたこと」の登場人物も、スウェーデンに住むアッパーミドルの一家4人だ。4人は5日間の休暇を取り、フランス中部サボアにあるスキー・リゾートへやってきた。身なりはいい。ウッディなホテルも、快適なコクーンを思わせる。いかにも安穏で、過保護な感じが漂っているのだ。これは仕組んでいるな。私は期待に胸をふくらませた。
ただ、ハロルド・レイミスが撮った「ホリデーロード」とはまるっきり感触がちがう。固定ショットの長回しが圧倒的に多いし、人のうしろ姿や機械仕掛けの装置(リフト、ゴンドラ、動く歩道、人工雪の噴射機、除雪車、電気歯ブラシなど)がやたらに映し出される。おまけに一家の父親トマス(ヨハネス・バー・クンケ)の挙動に落ち着きがない。気が散っているというか、なんとなくそわそわして、妻の隙を見ては携帯電話の画面をチェックする。つまり、コミカルというよりもどこか不穏な気配が先行している。そうか、これは、「ホリデーロード」とは別の楽しみ方をしなければならないのか。
不穏な気配が不穏な現実に近づくのは、2日目のある出来事がきっかけだ。この日の昼、一家はホテルのテラスにあるレストランでランチを取っていた。すると、離れたところで爆発音がする。こまめに人工雪崩を起こすことによって、大きな雪崩が起こるのを防ごうとしているのだ。テラスの客たちもそれを承知し、最初のうちはのんびりとカメラを構えたりしている。
ところが、遠くで止まるはずの雪崩がテラスのそばまで押し寄せてくる。雪煙が濛々と上がり、客はパニックを起こす。一家もあわてる。母のエバ(リサ・ロブン・コングスリ)は娘のヴェラと息子のハリー(実際の姉弟が演じている)をかばって身をかがめる。では、トマスは?
見逃しようがないのでここは実情をばらすが、トマスは手袋とアイフォンをつかみ、家族の存在を忘れたかのように、背を丸めてひとり、その場から逃げ出してしまうのだ。
雪崩はテラスの手前で止まる。ホワイトアウトしていた画面に色彩が蘇り、子供たちをかかえたエバの姿が見えてくる。そして、逃げ出していたトマスも、ひきつったような笑いを浮かべながらもたもたと戻ってくる。
だがもちろん、空気は白けている。トマスにしてみれば、本能的な行動で、不可抗力(映画のインターナショナル・タイトルも「フォース・マジュール」=不可抗力という)だったと弁明したいところなのだろうが、エバは口を利こうとしない。雪崩のショックもあるが、夫の行動がもっとショックだったのだ。まあ、当然の反応だ。