コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第62回
2018年6月28日更新
第62回:ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」といえば音楽のアルバムとしても、映画としても、傑作として名高く世界中で愛され続けている。最初のアルバム発売から20年以上を経て活動を終わらせることになり、その「さよならコンサート」を描いた本作。単なる懐古的なドキュメンタリ映画かと思ったら、意外にも非常に密度が高く、キューバの歴史や民族にまで踏み込んだ奥深い内容だった。前作を観ていない人にもオススメできる。
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の音楽アルバムが発売されたのは、1997年。安全保障でも経済でも最大の後ろ盾だったソ連が崩壊し、キューバは経済危機に陥って、たいへんな苦境にあった時期だ。しかもこの時代、一部のワールドミュージック愛好家を除けば、現代キューバ音楽に興味を持つ人はあまり多くなかった。
ソンやルンバ、マンボといったキューバの音楽は1930年代から50年代にかけて世界で大流行し、アメリカのポピュラーミュージックにも大きな影響を与えた。でも1959年にカストロやゲバラによるキューバ革命が起きると、アメリカとキューバの国交は断絶し、キューバ音楽との交流も絶たれてしまう。革命後のキューバでミュージシャンたちの生活も苦しくなる。
本作にも登場する、キューバの素晴らしいボーカリストであるイブライム・フェレール。彼が生活が苦しくて靴磨きをしていたというのは、革命キューバの音楽シーンを象徴するような話だ。
そのようなキューバ音楽の苦境がついに終わるきっかけになったのが、ライ・クーダーがキューバの老ミュージシャンたちと組んだアルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」だった。世界中で900万枚も売れ、社会現象になった。グラミー賞も受賞している。そして名監督ヴィム・ヴェンダースが映画化し、これも大ヒットした。
知られざるキューバへの熱狂に火がついた。国交がないためアメリカからの航空便がなく、渡航はメキシコやカナダ経由で、けっこう面倒くさい。なのに多くの人たちがキューバを訪れるようになり、街を走っている1950年代のクラシックカーに興奮し、街角から聞こえてくる古い音楽に酔った。こうした流れが、最終的にオバマ政権時代のキューバ・米国の国交回復への道を拓いたのだ。
そういう歴史的な流れも、本作では描かれている。そして20年が経ち、愛されたコンパイ・セグンドやイブライム・フェレールも亡くなり、ライ・クーダーも70歳を越えた。そういう歳月の哀しみも、ていねいに描写されている。80代なかばをすぎて今もとても元気な歌姫、オマーラ・ポルトゥオンドの姿がなんだかとても愛らしい。
時代は変わり、政治と社会も移ろい、そして人生はいつしか終わる。長い長い歴史の巻物をまた少しめくり、次の時代へと音楽は続いていく。作品中に流れる素晴らしいキューバの音楽の数々に聞き惚れながら、そういう感慨にふける。
■「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」
2017年/イギリス
監督:ルーシー・ウォーカー
7月20日からTOHOシネマズシャンテほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao