コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第54回

2017年10月31日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第54回:不都合な真実2 放置された地球

2006年の映画「不都合な真実」は、地球温暖化の議論を世界的に巻き起こす原動力になった。その続編である。タイトルだけを見ると、よくある「プロパガンダ映画」のような印象を受ける人も少なくないだろう。本作には確かにそういう面もなくはないのだけれど、私は別の点からとても興味深く観た。それは、社会を変えていくために必要なこととは何か、というような視点である。

気候変動問題にとりくむアル・ゴアに密着したドキュメンタリー第2弾
気候変動問題にとりくむアル・ゴアに密着したドキュメンタリー第2弾

最初に軽く説明しておくと、主人公のアル・ゴアは1990年代のビル・クリントン政権で副大統領をつとめた人だ。就任時44歳の若さ。インターネット黎明期に情報スーパーハイウェイ構想をぶち上げて、これはネットのインフラ普及の原動力となった。

クリントン政権が終わってからゴアは2000年の大統領選に立候補したけれども、僅差でブッシュに負けた。ゴアが実は勝っていた可能性もあり、紛争になって連邦最高裁にまでもつれ込んでいる。もしゴアが大統領になっていたら、イラク戦争は起こされていなかった可能性が高いし、その後の中東の混乱は別の姿になっていたかもしれない。まあ歴史にイフはないけれど。

落選後はゴアは政界から引退した。彼にはもう一つの顔があって、それは気候変動問題へのとりくみだ。この問題でベストセラーも書いている。政界を引退してからは彼はこの問題に本気で取り組むようになり、その奔走する姿を描いたのが前作の「不都合な真実」だった。

画像2

気候変動についてもおさらいしておこう。この問題に対して国際社会でとりくもうという動きは、以前からあった。最初の大きな動きは1997年の京都での会議。温室効果ガスの削減を192もの国が約束し、署名したけれど、アメリカが批准しなかった。

加えてこの「京都議定書」では、先進国にだけ温室効果ガス削減義務が負わされていて、途上国や新興国には義務付けられなかった。アメリカと新興国が入っていないのでは、削減の効果はあまり期待できない。その後も何度か国際会議が開かれたけれども、なかなか議論はまとまらず、世界的な合意にはいたらなかった。

そういう中で開かれたのが、2015年のパリでの会議。大きな壁となっていたのが、インドだった。21世紀に入って急速に経済成長していたインドとしては、成長を減速させるような政策はとりたくない。だから温室効果ガス削減には消極的だった。

画像3

本作の中盤、ゴアがインドのエネルギー大臣・環境大臣と会談するシーンがある。ガス削減を呼びかけるゴアに対して、インドの大臣は強く反論する。欧米のあなた方は19世紀から20世紀にかけてさんざん環境を汚して経済成長を遂げてきたじゃないか、と。そしてもし私たちにそれを求めるのなら、「それは150年先にやるよ。国民に仕事を与え、インフラも整えてからならね」

まったくもっともな反論であり、この「先進国vs新興国」の対立が気候変動の問題にはずーっと横たわっていて、何十年もの間大きな壁になってきていた。

ゴアはこの会談で、インドの大臣に「でもインドの空気は悪いじゃないですか」と捨て台詞のようなことを口走る。観客としては「あーあ」というがっかりな感じだ。そんなことしか言えないのか、と。

ところが、話の展開が面白くなるのはここからだ。

画像4

パリの会議で、予想通りインドのモディ首相は化石燃料の使用を主張する。話し合いは行き詰まる。どうするのか。ここでゴアが動き出す。会議の司会をつとめていたフランスの外務大臣に会い、自分の教え子だった国連の担当事務局長に連絡し、そしてアメリカの太陽光発電テクノロジー企業にも電話する。そしてゴアは、驚くような提案を考え出す――。

会議の裏側で走り回り、動くゴア。通常のドキュメンタリー映画ではめったに見られないような「裏舞台」が本作では、思い切りストレートに描かれている。共同監督のボニー・コーエンは、制作ノートでこう打ち明けている。

「ゴアは大変協力的だったが、警備がいたり、他者との機密情報を含む会議に参加していたりする場合には、相手が撮影を予期していない可能性もあり難しかった」「常に交渉を行い、明らかに不快と感じられる場面では、なぜ撮影させて欲しいのかを説明する必要もあった」

このたいへんな撮影をやり遂げた結果、本作はきわめて稀有な政治映画となった。

ゴアの行動を見ていると、実際に政治を動かす時にはこのような突破力が必要なのだということを感じさせる。スローガンを叫ぶだけでは政治は動かない。そのためには自分の影響力も政治力も、あらゆるパワーを総動員して行動しなければならない。そういうリアルさが、本作を非常に面白くしている。

画像5
画像6

■「不都合な真実2 放置された地球
2017年/アメリカ
監督:ボニー・コーエン、ジョン・シェンク
11月17日から全国公開
作品情報

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

Amazonで今すぐ購入

映画ニュースアクセスランキング

本日

  1. 【インタビュー】内野聖陽が演じる役は、なぜこんなにも魅力的なのか? 大事なのは、リスペクトと「自由であること」

    1

    【インタビュー】内野聖陽が演じる役は、なぜこんなにも魅力的なのか? 大事なのは、リスペクトと「自由であること」

    2024年11月23日 12:00
  2. 「バーベンハイマー」超えなるか? 米映画興行界が「グリックド」に期待

    2

    「バーベンハイマー」超えなるか? 米映画興行界が「グリックド」に期待

    2024年11月23日 18:00
  3. 48歳、独身。ずっとひとりで生きるつもりの主人公に起きた、ささやかで大きな変化「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」予告編

    3

    48歳、独身。ずっとひとりで生きるつもりの主人公に起きた、ささやかで大きな変化「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」予告編

    2024年11月23日 08:00
  4. エイリアンによる人間の拉致を描く新作に「ヴァチカンのエクソシスト」監督

    4

    エイリアンによる人間の拉致を描く新作に「ヴァチカンのエクソシスト」監督

    2024年11月23日 11:00
  5. シアーシャ・ローナン、新「007」の悪役を熱望

    5

    シアーシャ・ローナン、新「007」の悪役を熱望

    2024年11月23日 10:00

今週