コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第4回

2013年6月5日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第4回:「ロマン・ポランスキー 初めての告白」

ロマン・ポランスキーという映画監督ほど、「数奇」ということばが似合う人はいないだろう。その人生は強烈な「数奇」にみちあふれているのだ。その人生の遍歴を、以下のように紹介してみるだけでも凄すぎる。

ユダヤ系の家庭に育ち、第二次世界大戦中はポーランドのゲットーで過ごした。ドイツ人によって一斉摘発される直前、父親の手助けで逃げ延び、ドイツ占領下のフランスを転々とし、検挙の恐怖に怯えながらすごす。母親はアウシュビッツ強制収容所で死亡した。

戦後、ポーランドの映画大学に進み、20代の終わりに作った映画「水の中のナイフ」が国際的に高く評価される。1968年にはハリウッドに進出し、オカルト映画の金字塔として知られる超怖い「ローズマリーの赤ちゃん」が大ヒットした。

ロマン・ポランスキー監督
ロマン・ポランスキー監督

その翌年、妻で女優のシャロン・テートが、チャールズ・マンソン率いるカルト教団に惨殺される。シャロンは妊娠中だった。

しかしポランスキーは苦しみから這い上がり、1974年、映画史に残る傑作「チャイナタウン」を完成させた。

その3年後の77年、13歳のモデルの少女に性関係を強要した容疑で逮捕される。

もちろん、有罪判決を受ける。ところがあろうことか、保釈中に国外逃亡。その後二度とアメリカに戻っていない。

1979年にはアカデミー賞の候補にもなった「テス」を当時18歳のナスターシャ・キンスキー主演で製作するが、なんとポランスキーは15歳のころから彼女と交際していた……。ようするにロリータ趣味だったということなのか。

その後も数々の映画を撮り続けるが、さすがに90年代以降は目だった作品もなく、過去の映画監督ととらえられるようになった。しかしポランスキーはそれで終わらなかった。さらに二転、三転。

2002年、幼少期に体験したポーランドでの戦争体験を昇華させ、圧倒的な映像とみごとな演出で描いた「戦場のピアニスト」を完成させる。この映画はカンヌ映画祭パルムドールとアカデミー賞最優秀監督賞をダブル受賞し、映画界の金字塔的作品となった。

「戦場のピアニスト」撮影時、エイドリアン・ブロディ(左)と
「戦場のピアニスト」撮影時、エイドリアン・ブロディ(左)と

これでようやく幸せな余生になるかと思いきや……76歳になった2009年、チューリッヒ映画祭の生涯功労賞授与式に出席しようとスイスに入国したとたん、70年代の少女わいせつ事件の容疑でスイス当局に身柄拘束されてしまう。

こんな有為転変の人生を送った人は、世の中にはほとんどいないだろう。彼には三つの当事者性がありえないかたちで併存している。

第一に、ドイツのユダヤ人虐殺という人類史上まれにみる犯罪、そしてカルト教団による妻の惨殺という、きわめて凶悪なふたつの犯罪の被害者であるということ。

第二に、少女を強姦するという犯罪の加害者であるということ。

第三に、圧倒的な傑作を生み出した希有な映画監督であるということ。

道を踏み外せば、ひょっとしたらまったく別の凶悪な人生を歩んでいたかもしれない。そんなことまで思わされる人生。

この映画は、スイスで軟禁状態に置かれていた時に長年の友人がおこなったインタビューがもとになっている。とてもシンプルな映画だ。友人が質問し、ポランスキーがしゃべり、それに昔の映像がかぶせられる。単調に思える構成なのに、見ていてまったく飽きない。画面に釘付けになってしまう。

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それはポランスキーの人生が数奇なだけでなく、彼のしゃべり口調が圧倒的に面白いからだ。興奮したりドラマチックに語っているわけではない。抑制の利いた静かな雰囲気で淡々と語っているだけである。しかし彼の語りを聴いていると、その情景がまざまざと目に浮かんでくる。表現力が心底ゆたかなのだ。なんともいえず魅力的なのだ。

加害者であり、被害者であり、天才であるという重層的な人間性。そういう重層性があるからこそ、これだけの魅力を発散させているのかと思わされる。人間というものの深淵をのぞき込むような、不思議な映画である。

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「ロマン・ポランスキー 初めての告白」
シアター・イメージフォーラムにて公開中
作品情報

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

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