コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第17回
2014年7月11日更新
第17回:クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落
なんとも悪趣味で醜悪な映画だなあ、と最初は思った。主人公は、リゾートマンションの共同所有ビジネスで大富豪になったデビッド・シーゲルと、元ミセス・フロリダの妻ジャッキー。このお金持ち夫妻の俗物ぶりが、ものすごい。
7人の子供と、ボディガードや料理人、メイド、乳母など使用人は19人。自宅のインテリアはインチキなヨーロッパ宮廷風で品がない。壁にはシーゲル本人が19世紀貴族のような扮装をしている肖像画がデカデカと飾られてるし、子供部屋はディズニーランドのようだ。妻は胸をやけに強調するケバケバしいファッション。子供たちはひと昔前の渋谷のギャルみたいな雰囲気。ありあまるお金があるはずなのに、全体にチープさが充ち満ちている。
シーゲル夫妻は、さらにすごいことを考える。フロリダに、ベルサイユ宮殿を模した巨大邸宅を計画するのだ。その大きさは、なんとホワイトハウスの2倍にもなる8400平方メートル! 中にはパリのオペラハウスを真似た映画館とか水族館とか、2万本のワインセラーとか。なんだか中国の新興成金みたいな発想だ。
この映画はこういう金持ちの「わけわからなさ」を描くために撮影開始されたようなのだが、しかし途中で驚くようなどんでん返しが訪れる。2008年のリーマンショックで、シーゲルの会社は銀行からの低利の融資を受けられなくなり、一瞬にして資金ショートに追い込まれる。社員を解雇し、物件を手放し、さらに個人として持っていた莫大な資産も売り払い、プライベートジェットも処分する。それでも転落は止まらない。
ゴージャスな自宅にはそのまま留まっているが、たくさんいたメイドや乳母は大半が解雇され、部屋はどんどん汚れていく。たくさん飼ってる犬たちはまったくしつけされていないから、掃除するメイドがいなくなると、そこらじゅうがフンだらけに。シーゲルは「もったいないから電気を消せ!」と家族たちを怒鳴る。クリスマスの前日、浪費癖がどうしても直らない妻ジャッキーは、とはいってもお金がないので巨大スーパー・ウォルマートに行き、クルマに積み込めないほどの大量のチープなおもちゃやお菓子を買い込んでくる。遠方に出かけた時に空港でレンタカーを借り、「で、私の運転手はどんな人?」と受付スタッフに真顔で聞いて呆れられる。
ジャッキーはカメラの前でインタビューに答え、こう答える。「政府が莫大な救済金を銀行に注ぎこんでいる。そのお金はいったいどこに行ってしまったの? そういうお金こそ、わたしたちのような一般人に使われるべきです」。この異様なずれた感覚に、「お前が言うな!」と失笑し叫ぶアメリカ人観客の声が聞こえてきそうだ。
金持ちの醜悪さを笑い、その転落ぶりを笑う。そういうふうにこの映画を観る。でもそうやってエンタテイメント的にこの映画を見続けていると、だんだんと「笑っている自分」も同じように醜悪に思えてくる。なんだか笑っちゃいけない感じがしてくる。
なぜだろうかと考えると、この俗悪な夫婦がそれでも、徹底的に戦い続けているからだ。お金がなくなって人からバカにされようとも、みじめな思いをしようとも、それでも延々と撤退戦を戦い、もう一度再起しようとチャンスをうかがい続ける。その苦闘ぶり、「ぜったいに諦めないぞ」スピリットに、観ている側は気がつけば心打たれている。みじめであることを認めている彼らが、逆にカッコよく見えてくるのだ。
だからこの映画には、二度の反転がある。金持ちからの転落と、そして転落した先にやってくるファイティングスピリットと。この映画は、後味は決して悪くない。実はとてもヒューマンな物語なのだと思う。
■「クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落」
2012年/アメリカ=オランダ=イギリス=デンマーク合作
監督:ローレン・グリーンフィールド
8月16日より、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao