コラム:大崎清夏 スクリーンに詩を見つけたら - 第5回

2022年5月19日更新

大崎清夏 スクリーンに詩を見つけたら

古今東西の映画のあちこちに、さまざまに登場する詩のことば。登場人物によってふと暗唱されたり、ラストシーンで印象的に引用されたり……。古典から現代詩まで、映画の場面に密やかに(あるいは大胆に!)息づく詩を見つけると嬉しくなってしまう詩人・大崎清夏が、詩の解説とともに、詩と映画との濃密な関係を紐解いてゆく連載です。(題字・イラスト:山手澄香)

今回のテーマは、ジム・ジャームッシュが監督を務めた「パターソン」です。


第5回:詩人の副業、詩の日常――「パターソン

「詩人」の肩書きでいろんな仕事をするようになる前から、私もことあるごとに「詩で食べていくのは難しい」という話を耳にしてきた。でも、どこからどこまでを「詩で食べる」の範疇に入れるかは、考えてみると難しい。それに「詩人」と名乗るかどうかは、本人の意思次第だ。作品を「秘密のノート」に閉じこめたままにする詩人も無数にいる。でも私は最近、しみじみと思うのだ。「詩人」と名乗ることにしてよかったなー、と。

詩人になるには、詩に触発され、詩を書くだけでいい。だから詩人になりたいと思ったら、いつでもなれる。詩人の定義が「詩で生活できるかできないか」では決まらないことは、それ自体、詩人という仕事の最良の点のひとつだ。

誰も気にしないだけで、詩人はこの世界にたくさんいる。詩人にはたいてい副業があり、自己紹介するときはそっちを名乗るから、私たちはその人が詩人だとは気づかない。けれども、私が恥ずかしげもなく「詩人です」と名乗りながら暮らしていると、向こうからその人がスススーとやってきて「実は私も、詩を書くんです」とそっと教えてくれることがある。それが、私が「詩人」と名乗ることにしてよかったなーと思う、最大の理由だ。

画像1

前置きが長くなってしまった。映画「パターソン」は、「詩人」と名乗らない詩人を主人公にした、とても珍しい映画だ。主人公パターソンアダム・ドライバー)の「副業」は、路線バスの運転手。ひとりで朝食を食べているときやバスを運転しているときに考えた詩行を、彼は仕事の合間に自分のノートに書きとめる。

パターソン」を見ていると、バスの運転手こそ詩人の最高の副業ではないかと思えてくる。同じ路線を毎日、同じ時刻に、バスは定点観測しながら走る。バスには日常が乗りこむ。窓外に流れる景色の中にも日常がある。運転している間、運転手は誰とも喋らなくていい。バスの運転手が詩人である場合、それは日常の中の詩を探すのになんと恰好のルーティンワークだろう。

パターソンのパートナーは詩集を公にすることを熱心に勧めるけれど、彼は「詩人」と名乗ることにはあまり興味がない。反対に彼が積極的なのは、町で見かけた詩人たちに声をかけることだ。コインランドリーで練習するラッパーや、空き時間に街角で詩を書きとめる少女に、彼はススーと話しかける。声をかけないまでも、バスの車中の会話やバーで聞こえる話し声の中に詩を探して、耳を傾けながらにやにやしたりもする。詩を見つけると、パターソンは嬉しい。自分が詩人として見つけられるよりも、ずっと。

画像2

たくさんの詩が登場するけれど、ここでは私の大好きな作品を紹介しておきたい。パターソンが敬愛する詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの、劇中の字幕では「言っておくよ」という題で訳されている詩だ。

「たいしたことじゃないんだけど」
ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ

食べたよ
あのプラム
冷蔵庫に
あったやつ

たぶん君が
朝食のとき用に
とっておいた
あれだよ

ゆるしてくれ
本当においしかった
とても甘くて
とても冷たくて

パートナーのローラがファーマーズ・マーケットで売るためのカップケーキを並べているキッチンで、パターソンはこの詩をローラのために読む。目の前でいい匂いをぷんぷんさせている「食べられない」カップケーキと「食べちゃった」プラムの詩との取り合わせに、何ともいえないおかしみがある。拙訳の参考にさせていただいた柴田元幸さんの翻訳では、タイトル「This is just to say」は「実は……」となっている(このタイトルの訳文を考えるのは楽しい)。

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは、映画の舞台となったニュージャージーの実在の町パターソンで生まれた詩人だ。1883年生まれで、ちょうど宮沢賢治と同じ時代を生きた詩人ともいえる。イマジズムと呼ばれる写生的な詩を多く残し、1950年、この町全体を人間のメタファーのように書いた詩集『パターソン』で全米図書賞を受賞。ジャームッシュがこの詩集に出会ったことが、本作の製作のきっかけとなった。ウィリアムズの「副業」が医師だったことは、劇中でも語られる。

また、主人公パターソンが劇中で書き綴る詩は、ジム・ジャームッシュ自身が書いた1作(少女の作品として登場する)を除いて、1942年生まれのニューヨーク・スクールの詩人ロン・パジェットによるものだ。パターソンの行きつけのバーの壁には、この町の高校を出たビート派の詩人、アレン・ギンズバーグの写真も飾られている。

画像3

パターソンのもとに天使のようにふらりと現れる男(永瀬正敏)に「もしかして、あなたもパターソンの詩人ですか?」と尋ねられたとき、彼はこう自己紹介する。

「僕はバスの運転手だ。ただの運転手。」

詩人になるには、野心はいらない。ただ詩を愛し、日常を愛し、その愛をとりとめる一行目を、白紙に書きつければいい。「詩人」と名乗らない詩人の特権は、その詩への愛を誰にも知られず、自分だけのものにしておいて、町のあちこちで詩を見つけたときにだけ、そこにある詩に対してだけ、愛してるよ、と囁けることかもしれない。そうすることで、彼は自分の詩の世界を守る。そして、同じように見えても少しずつ変化してゆく日々の幸福を手放さずに生きる。そう考えると、「詩人」と名乗らないことにするのもいいなー、と、私は思うのだ。


参考文献:
「愛すべき詩/映画という表現――『パターソン』インタビュー」ジム・ジャームッシュ/取材・構成=佐藤久理子(「ユリイカ 特集*ジム・ジャームッシュ」2017年9月号)
「実は……」ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ/訳=柴田元幸(「MONKEY Vol.21 特集 猿もうたえば」2020年6月発行)

筆者紹介

大崎清夏のコラム

大崎清夏(おおさき・さやか)。神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。映画宣伝の仕事を経て、2011年に詩人としてデビュー。詩集『指差すことができない』で第19回中原中也賞受賞、『踊る自由』で第29回萩原朔太郎賞最終候補。詩のほかに、エッセイや絵本の文、海外詩の翻訳、異ジャンルとのコラボレーションなども多数手がける。2019年ロッテルダム国際詩祭招聘。

Twitter:@sayaka_osaki/Instagram:@chakibear/Website:https://osakisayaka.com/

Amazonで今すぐ購入

映画ニュースアクセスランキング

本日

  1. 「本当に藝大に受かるんじゃないか」眞栄田郷敦の熱意に講師が太鼓判 半年以上の猛特訓「ブルーピリオド」キャストメイキング写真&眞栄田の絵画公開

    1

    「本当に藝大に受かるんじゃないか」眞栄田郷敦の熱意に講師が太鼓判 半年以上の猛特訓「ブルーピリオド」キャストメイキング写真&眞栄田の絵画公開

    2024年6月14日 08:00
  2. 志田未来、山田涼介と約17年ぶりの共演 「ビリオン×スクール」教師役「とても新鮮な気持ち」

    2

    志田未来、山田涼介と約17年ぶりの共演 「ビリオン×スクール」教師役「とても新鮮な気持ち」

    2024年6月14日 05:30
  3. 山﨑賢人主演「キングダム 運命の炎」地上波初放送! 最新作公開を記念し金曜ロードショーで第3弾まで連続放送

    3

    山﨑賢人主演「キングダム 運命の炎」地上波初放送! 最新作公開を記念し金曜ロードショーで第3弾まで連続放送

    2024年6月14日 12:00
  4. 三姉妹がクセの強い母を連れて温泉旅行 三女の恋人のサプライズ登場で思わぬ修羅場! 笑って泣ける珠玉の家族ドラマ「お母さんが一緒」本編映像

    4

    三姉妹がクセの強い母を連れて温泉旅行 三女の恋人のサプライズ登場で思わぬ修羅場! 笑って泣ける珠玉の家族ドラマ「お母さんが一緒」本編映像

    2024年6月14日 16:00
  5. Netflixが大ヒットドラマ「ナイト・エージェント」ユニバースを拡張か

    5

    Netflixが大ヒットドラマ「ナイト・エージェント」ユニバースを拡張か

    2024年6月14日 11:00

今週