コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第78回
2019年12月19日更新
#MeToo問題に揺れる仏映画界 新たな告発にポランスキーがコメント
1年の瀬も迫るなか、フランス映画界が#MeToo問題に揺れている。「午後8時の訪問者」や「BPMビート・パー・ミニット」で知られる人気女優アデル・エネルが、18年前の映画デビュー作「クロエの棲む夢」のクリストフ・ルッジア監督から、当時ほぼ3年にわたり、プライベートな場で体を触られるなどのセクハラを受けていたことを告白したことがきっかけだ。インタビューで彼女は、長いあいだ精神的な苦痛を被ってきたことを明かし、今日公にした理由について、「個人的なリベンジが目的ではなく、業界全体の意識を変えたい」「同じような被害に遭ってきた人々を勇気づけたいため」と語った。彼女の行動は、イザベル・アジャーニやマリオン・コティヤールといった女優仲間だけでなく、業界全体から広く支持されている。
エネル自身は告訴をしておらず、ルッジア監督も否定しているものの、目撃者の証言もあり、当時未成年だった彼女への行為が証明されれば有罪となることは免れないだろう。フランスの監督協会はすでに、彼を除名したことを発表している。
フランス映画界ではリュック・ベッソンも最近セクハラで訴えられたが、ルッジアの件に続いて新たに持ち上がった案件が、ロマン・ポランスキー監督だ。ポランスキーといえば1977年、アメリカで当時13歳のサマンサ・ゲイマーに性的行為をはたらき、裁判が決着する前にフランスに渡った過去があり(逃げたのではなく、当初の判決通り42日間の拘留をされた後自由になったものの、マスコミのプレッシャーにより判決が覆される可能性があったためだと、彼は主張している)、他にも何人かの女性に告発されているが、今日新たに登場したのが、元女優で現在は写真家のバランティーヌ・モニエである。彼女は1975年、18歳のときにスイスのスキー場にあるポランスキーの別荘で、暴行されたと告白した。
ポランスキーはしばらく沈黙を通していたが、ちょうど新作「J’accuse(わたしは弾劾する)」の公開を迎え、プレミアがボイコットされる事態に至り、ついに週刊誌パリマッチのインタビューに答えて注目を浴びている。
彼の言によれば、ゲイマーのケース以外はすべて根も葉もないでっちあげであること(ゲイマーは後年になって彼を赦免している)、モニエのこともまったく身に覚えがないと全面否定し、「人々もマスコミも、わたしをモンスターに仕立てようとしている」と主張。沈黙を破ったのは、女優で妻のエマニュエル・サニエや子供たちのことを考え、名誉を守るためだという。
モニエに関しては現在生存する信頼性の高い目撃者がいないため、業界内でも信憑性を疑う声があり、具体的な変化はない。ただしポランスキーの場合過去が過去だけに(「テス」でヒロインに扮したナスターシャ・キンスキーとは、彼女が未成年のときから付き合っていたことを公言している)、きっぱり汚名を晴らすというのも難しいところだろう。
セクハラ問題は、そもそも被害者が恥辱を晒すのを避けるため、公にされることは少ない。女優にとってはイメージダウン、業界内で孤立し仕事がなくなる、といった事態への恐れもある。
またアメリカでハーベイ・ワインスタインのセクハラ問題が公になった際、フランスではカトリーヌ・ドヌーブやブリジット・バルドーら、往年の大女優が#MeToo旋風に対して懐疑的な態度をとったという経緯もあるだけに、今回のエネルやポランスキーの件によって、フランスではようやく本格的に#MeTooが認識され始めたといっても過言ではない。
もちろん、こうした問題はあくまでケースバイケースである上、当事者が未成年であったり、年月が経っている場合、なおさら立証するのは困難であるということが、この問題を一層複雑にしている。ポランスキーは、「まるで魔女狩りや、赤狩りのよう」と語っているが、フランス映画界に今後どのような影響をもたらすのか、予測がつきにくい事態である。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato