コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第14回
2014年9月25日更新
セドリック・クラピッシュ監督がパリとニューヨークを写した写真展開催
セドリック・クラピッシュ監督と会ったのは、9月半ばのパリとは思えない、珍しく強い日差しが照りつけるある午後だった。ひとりで待ち合わせ場所のギャラリーにやってきた彼は、空を見上げ「今日の日差しはまるでニューヨークみたいだね」と晴れやかな顔で語った。
現在パリのマレ地区にある「ギャラリー・シネマ」で彼の写真展「パリ―ニューヨーク」が開催中で、話題を呼んでいる。新作の「ニューヨークの巴里夫(パリジャン)」の撮影の際、彼が現地で撮った写真と、パリの街の写真を対比させたものだ。もともと学生時代は写真家を目指していたというクラピッシュは、映画を撮るようになってからも、ロケハンを兼ねて撮影前には写真を撮るのが常だとか。とくにニューヨークは彼が初めて映画を本格的に勉強した地(ニューヨーク大学の映画科に留学していた)であり、思い出深い土地でもあるという。
「久しぶりにニューヨークに行って、すごくいろいろな思い出がよみがえってきたよ。パリの街は空が低くてつねに曇っている印象だけど、ニューヨークは対照的。摩天楼のあいだから見える空は高くて、日差しが強く、街はエネルギーに溢れている。僕が異邦人だから、どうしても贔屓(ひいき)目に見てしまうのかもしれないけどね(笑)」展覧会の写真にもそうした街の性質が表れている。パリは日常を切り取ったような、それでいてどこかポエティックな風景。一方ニューヨークは同じような構図の写真でも、明暗のコントラストが強く、ビビッドな印象だ。展示のなかには新作の撮影の様子をドキュメントしたビデオ映像もある。
「ニューヨークの巴里夫」は、「スパニッシュ・アパートメント」「ロシアン・ドールズ」に続くクラピッシュの人気シリーズの第3弾だ。バルセロナ、サンクトペテルブルクと旅してきた主人公のグザヴィエが、いまや40歳を迎え2児の父となり、離婚を経験し、人生の転機にニューヨークへ旅立つ。フランスではこのシリーズはとくに同世代に絶大な人気を誇り、続編が出るたびに話題になるほど。本作も昨年末に公開され、150万人の動員を記録するヒットとなった。理由はロマン・デュリス演じるグザヴィエのキャラクターがあまりに等身大で、共感できるところが少なくないからだろう。彼の生活は混沌としていろいろなことに振り回され、やりたいことがあってもいまいち自信も集中力もない。でもなんとかよろよろしながらも自分なりの生き方を模索している。そんなリアルで微笑ましい姿が同世代の人々にとっては、まるで自分のことのように思えるらしい。デュリスの、カリスマ性というよりは隣の青年っぽさがよけいそうした印象を与えるのかもしれない。本作は日本で12月に公開される予定で、この展覧会もできれば日本で同時開催させたいそうだ。
ちなみにデュリスというとどうしてもクラピッシュ作品のイメージが強いものの、次回作では初めてフランソワ・オゾンと組み、「Une nouvelle amie」という作品に主演している。こちらの役柄は、最愛の妻を失くして以来、女装にハマるフェミニンなキャラクター。9月20日にヨーロッパでのプレミアとなったスペインのサン・セバスチャン国際映画祭で披露され、ドラマティックなストーリーとコミカルなトーンの融合が観客に大いに受けた。小柄な体躯でマッチョっぽさを感じさせないチャーミングな持ち味のデュリスは、パリの若者たちの「いまの気分」を代表する俳優のひとりと言える。(佐藤久理子)
セドリック・クラピッシュ「Paris ‐ New York」展は10月18日まで。Galerie Cinema/ 26, rue Saint-Claude, 75003 Paris
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato