コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第105回
2022年3月31日更新
カンヌ映画祭はロシア関連のゲスト受け入れを拒否 ウクライナ軍事侵攻を受けてのヨーロッパ映画業界の動き
ロシアのウクライナ軍事侵攻による悲惨な戦況が長引くなか、ヨーロッパの映画業界ではウクライナを支持する声が続々と上がっている。カンヌ国際映画祭は侵攻が開始された5日後、公式声明を出し、5月に開催される映画祭において、それまでにウクライナ国民が納得する政治的解決がなされない限り、ロシア政府に関連したいかなる公式の申請やゲストも受け入れないことを発表した。
またウクライナのアーティストや映画人を支持する一方で、これまでロシアの独裁政治を批判する姿勢を貫いてきたロシアの映画人たちも支持し続けることに触れ、「ドンバス」で知られるウクライナ人監督、セルゲイ・ロズニツァの記したレターを紹介した。
ロズニツァは、侵攻が始まるやアンドレイ・ズビャギンツェフらロシアのアーティストの友人たちから個人的なメッセージをもらったことを明かし、「彼らもまたわたしたちと同様に侵略の被害者です。現在目の前で起こっていることはおぞましいことですが、わたしたちはみんな狂気に陥ってはならないと訴えたい。パスポートで人を判断してはいけない。彼らの行動によって判断すべきです。国籍はたんに生まれた地に依るものですが、その人の行動こそ人間性を示すものだからです」と記している。
「ドンバス」は2018年にカンヌのある視点部門に出品され、監督賞を受賞した。まさに今話題のひとつであるウクライナのドンバス地方を舞台にし、親ロシアの分離派とウクライナ軍との数年来の衝突を背景に、日常的な暴力や権力の腐敗などを風刺的に描いている。ちなみに当時のインタビューでも、ロズニツァ監督はプーチン大統領のことを辛辣に批判していた。パリでは現在本作が再リリースされ、注目を集めている。日本でも5月に緊急限定公開が決まったようなので、可能ならばぜひ劇場に足を運んで頂ければと思う。
カンヌのオフィシャル・セクションの発表と足並みを揃え、併設部門の監督週間、批評家週間、フランス独立映画配給協会(ACID)も同様の声明を発表した。2月に開催を終えたばかりのベルリン映画祭は、ロシアのウクライナ軍事侵攻と市民への攻撃を、人道主義と人権を踏みにじる国際法に違反した行為として非難し、ウクライナの人々との連帯を唱えた。
さらにストックホルム映画祭は、ロシア政府の援助を受けた作品をボイコットするとともに、ウクライナ映画にスポットを当てることを発表。また現在十万人以上のウクライナからの難民を受け入れているチェコで、今年56周年を迎えるカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭もウクライナ支持を唱え、ウクライナ生まれのロシア人ドキュメンタリー監督、ビタリー・マンスキーが制作した「Putin’s Witnesses」を上映し、収益金をボランティア団体に寄付すると告知している。
エンターテインメント業界でも、対ロシアにおけるさまざまな制裁の動きが起こっている。Netflixは当面、ロシアにおけるプロジェクトやコンテンツの購入を停止することを明らかにし、ワーナーは「THE BATMAN ザ・バットマン」の公開を延期、ディズニーとソニー・ピクチャーズも、ロシアにおける新作の公開を停止することを発表した。
こうした動きがプーチン大統領にどんな影響を与えるのかはわからないが、ウクライナに一刻も早く、再び平和が訪れる日が来ることを願うばかりだ。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato