コラム:二村ヒトシ 映画と恋とセックスと - 第38回

2025年11月18日更新

二村ヒトシ 映画と恋とセックスと

作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、モーパッサンの名作小説「ベラミ」を下敷きに、中国の田舎町で生きる孤独な中年男たちを描くラブコメディ「ベ・ラ・ミ 気になるあなた」。ジム・ジャームッシュを敬愛するゲン・ジュン監督が出会ったゲイ男性の経験をもとに、同性との恋愛や体外受精、偽装結婚といった社会的テーマを盛り込みながら、オフビートな笑いとタッチで人間模様を描きます。

※今回のコラムは本作のネタバレとなる記述があります。


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セックスや恋におけるマイノリティのつらさとか悲劇を、マジョリティにたいして攻撃的に描いても、あんまりうまく伝わらないのではと個人的には思います。うらみがあるんだったら別ですが、マジョリティのことなんか無視して勝手にバカバカしくも悲しくやってくれたほうが(その映画が面白ければ、ですが)その性癖をもってない人もかえって当事者意識をもって観ることができて、結果、世の中から差別が少し減るように思うのです。マイノリティだろうがマジョリティだろうが誰にとっても、セックスや恋は必ずバカバカしくて悲劇的だからです。

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▼すばらしく面白かった「ベ・ラ・ミ 気になるあなた

ベ・ラ・ミ 気になるあなた」は中国の北の地方都市で生活する中国人であり、同性愛者なのかどうかは公表されてない監督ゲン・ジュンがその地方都市で撮った、ほとんど同性愛者しか登場しない映画で、すばらしく面白かったです。そして笑えます。

同性愛が現在でも公的に抑圧されてる国家体制のもと、ゲイたちはお仲間のことを隠語で「同志」と称します。同志とは革命以降の中国では本来、共産主義思想の志を同じくする者という意味なのですが。彼らは公衆便所の落書きを出会い掲示板がわりにして知りあってハッテン(知りあってすぐに行う、愛情より欲望が先行するセックス)をしますが、そこには電話番号とともに「同性の同志、求む」と書いてある。

彼らはまたカフェに擬態した会員制の秘密クラブでハッテンします。大都会ではないので、そんな店は町に何軒もはないのでしょう。そのクラブを始めたオーナーも「同志」つまりゲイで、さらにマゾっぽいのですが、店の中はオーナーがネットリした空気で支配していて、わかりやすく暴力的なわけではないけれど「いやな感じの権力」をふるってる。マゾでゲイなのに。彼の権力は、彼に従わざるをえない(従わないなら店の外に出て自力でやるしかない)お客たちの欲望によって保たれてる。

いつも男性にたいして怒ってるように見える女性の同性愛者カップルが、男性の同性愛者がセックスしないかどうかを監視カメラで監視している(監視する側には切実な目的があるのですが)。笑うしかない。

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▼異性愛者にも共通する、孤独と愛と性欲を描く物語

全篇ほぼモノクロ映像でジム・ジャームッシュ監督っぽいとも言われてるらしいですが、ウィットとかではなく完全にコントとして作られてるギャグが静かに押しよせてくるセンスは、どっちかというとフィンランドのアキ・カリウスマキ監督っぽいな(この映画では人の顔や体をもっと寄りで撮ってますけど)と僕は感じて、劇中の「ここ(黒竜江省)の緯度は北欧と同じ」という台詞に「あ、なるほど」と思いました。

北欧といえば、本作でレズビアンのカップルが絵本やアニメの「バーバパパ」の一家(もちろん同性愛者にも家族を作りたい人はいるのです)の名前をうにゃうにゃさえずりあうのは、「ムーミン」の原作者(バイセクシャルの女性で、スウェーデン系フィンランド人)を主人公にした映画「TOVE トーベ」での、主人公と同性の恋人だけがわかる言葉でいちゃつくエロさを思い出さざるをえませんでした。ほかの人にはよくわからない暗号的うにゃうにゃが「ビアンぽい」のかどうかは僕にはちょっとわかりませんが。

そして、それらのこと(政治への風刺ともとれることや同性愛当事者の描写の笑い)よりももっと普遍的なのは、この映画が異性愛者にも共通する、孤独と愛と性欲を描いてる点です。感情移入できた観客がナルシスティックに感動できるような美しい孤独や恋や愛ではないのです。ポリコレ的な表現があまり描こうとしない、正しさでは説明しようのない「勝手な孤独とキモい性欲と、愛の謎」です。

主人公の一人は、愛(だと本人は思い込んでいる性欲)に執着していますが恋人はとっくに醒めてます。もちろん一方が執着するからこそ一方はキモがるのですが、それは彼にとっても相手にとっても、どうしようもないことです。他者への執着はまったく正しくないことで、でもマジョリティをふくめた多くの人が、おそらくほとんどすべての人間がやってしまうことで、みじめでキモい。

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相手という人間に対してだけではなく、自分の欲望、つまりセックスの仕方の好みにも執着する(その執着こそ、手放しにくいものだと思います。でも、どういうセックスで癒されるのかってマジョリティの男性でもマジョリティの女性でも、ひとりひとり本当にちがいますからね。そしてマジョリティの人間は自分が普通だと思ってるから、相手とセックスの好みがちがうことに気づけなかったり)。お相手の特殊な欲望を、どうしても受け入れられない(無理に受け入れる必要はないのですが。だって無理なものは無理だもんね)。するとゲイ同士であってもセックスは成りたたない。

もう一人の主人公は妻帯者ですが、さみしい。このさみしさも、まったく正しくないです。隠れゲイの物語として描かれますから我々はかえって感情移入が許される気がしますが、じつはこれ「ほかに好きな人がいるわけではないのに、なんとなく妻以外の女とセックスしたい欲望」がさみしさになってしまう、世界中にたくさんいる普通の既婚男と同じです。もちろん妻(この映画の主要登場人物でたぶん唯一の異性愛者)は、夫の欲望をわかっていて、さみしいどころじゃなく、絶望している。

この夫の、なんとも言えない絶妙なキモさが本当にすばらしい。じっさいに身体障害をお持ちの俳優さんとのことですが、劇中では障害者としては描かれません。ただ「なんとなくキモい普通の男」として現れ、そして男性への欲望と恋がみのると、そんなにキモくなくなっていく演技の出力の見事さ。

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二人の主人公は、ある人からはふられるのに、別の人のことは残酷にふる。自身が愛と欲望を乞う人であるのに、性的に好まない相手が屁理屈で愛を乞うてきても、はねつける。その勝手さがなんとも面白い。ノンケの男女がやってることと同じだからです。

レズビアンのカップルが男性たちに(ゲイの男性たちにも)つねに怒っているのは「正しさ」ゆえです。ですがこの映画はその怒りも上から目線で風刺はしない。怒りも、怒られも、どうしようもない人間の営みとして笑う。

ある種の女が幸せではないとき怒ってるように見えてしまうのも、身勝手に愛を乞う男がキモい人に見えてしまうのも、それは誤解ではなく、じっさい怒っており、じっさいキモいのでしょう。ただ、ありがたいことに映画のラストはハッピーエンドです。納得がいく正しいハッピーエンドではなく、セックスと愛を乞う人間、つまり我々が、どうしようもなく生きていくために「希望」をえた、とりあえずのハッピーエンド。

最後のほうの「愛することは、相手を自由にすることだ」という言葉に感動しました。たしかに人間は愛されれば愛されるほど自由になっていくはずなんです。でも「自由」って何なんでしょうね。

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▼日常を異世界につなげる謎の円盤の正体は……

以下に重大なネタバレというか、観るまえに読んじゃうともったいないことを書きます。ここから後は、できれば映画を観てから読んでください。

伏線もなく唐突に謎の空飛ぶ円盤がほんとに出てくる映画、最近ほかにも何本かありましたよね。あの映画とか、あの映画とか。突然SFにしちゃうことで、それまで描いてた日常を異世界につなげる。ところが本作「ベ・ラ・ミ 気になるあなた」は、それでもぜんぜんSFにならないし異世界につながらないんですよね。UFOは謎の異物ではあるけれど夢ではなく、そこに存在してるもので(そこにいる人間の特殊な性欲と同じです)ただただ空を飛び、ときどき意味なく我々とぶつかる。ぶつかったことに我々のほうが意味や物語を見出しちゃう。

人生やセックスにおける自由が何なのかはわかりませんが、映画における自由って、なんの説明もなくUFOを飛んでこさせることなのかもしれない。


<二村ヒトシさんよりイベント告知>

■文学フリマ東京41 11月23日(日)12時〜17時 有明ビッグサイト(https://bunfree.net/)に二村ヒトシが出店、著書『AV監督が映画を観て考えたフェミニズムとセックスと差別と』(1200円)を頒布します。南3・4ホール【し-49】と【た-29】のブースにて。

■11月29日(土)18時〜終電ごろまで、代々木のイベントスペースにて二村ヒトシお誕生日会があります。ゲストは漫画家の新井英樹さん。https://woofer-inc.co.jp/schedule/schedule-9736/ チャージ1500円+ワンドリンク450円〜 どなた様でもご参加できます。いつ来ていつ帰ってもOK、ご予約もプレゼント等も必要ありません。詳細は二村のX@nimurahitoshiを。

筆者紹介

二村ヒトシのコラム

二村ヒトシ(にむらひとし)。1964年生。痴女・レズビアン・ふたなり・女装美少年といったジェンダーを越境するジャンルで様々な演出の技法を創出、確立したアダルトビデオ監督。
著書『あなたの恋が出てくる映画』 『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』 共著 『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』 『欲望会議 性とポリコレの哲学』ほか多数。

Twitter:@nimurahitoshi

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