コラム:メイキング・オブ・クラウドファンディング - 第21回
2022年3月17日更新
■クラウドファンディングによって気づかされた、支えてくれている人の存在
大高:制作に4年かかったとのことですが、劇場公開をしたり、映画祭に出すということは考えていましたか?
小谷:最初は全く考えていなかったです。ただ、3つ目の段階である彼女自身の物語を取り入れようとした時に、何かしらの形で世に出さないとダメだと思い、そこで初めて脚本を書き始めました。その後にプロの役者である渡辺真起子さん、古舘寛治さん、小沢まゆさんたちに出演していただくことが決まった時に、これは公開するべき作品だと思いました。
大高:髭野(純)さんは、どういった経緯で宣伝・配給として参加したんですか?
髭野:僕がこの作品を最初に見たのは、2020年のTAMA NEW WAVEという映画祭でした。その日の最後の上映が「たまらん坂」で、小谷監督の作品だったら面白そうだなあと思って観たら、上映後に小沢まゆさんに腕をガッと掴まれまして(笑)。この映画の制作の経緯や渡邊雛子さんのこと、公開がまだ決まっていないことなどを聞きました。それで「お手伝いできるかもしれません」という流れで参加することになりました。作品の完成は2019年で、僕が見たのは2020年の秋なので、実は完成から上映まで結構時間がかかっているんですね。この作品は大学が製作しているということもあり、配給宣伝費がないため、劇場公開をするにあたってのお金が必要だということになりました。
大高:劇中で使われているRCサセクションの曲のお金周りも大変ですよね?
髭野:確信をついてきましたね(笑)。僕の方からそういった難しそうなところの権利関係などはやったんですけど、お金がかかるところはどうしてもかかってしまうので、さすがにクラウドファンディングをしないと成り立たないということになりました。最終的には、小谷さんが色々な人を巻き込んで目標達成できたので、良かったと思っています。渡邊さんや小沢さんは公開に向けての動きを協力してくれています。ありがとうございます。
大高:小谷監督はクラウドファンディングをやってみて、どんなところに良さと大変さを感じましたか?
小谷:子どもの頃から今に至るまで、関わった人全員に連絡しましたね。距離感の遠い人から近い人も含めて、とにかく知り合いにひたすら連絡しました。意外というか新鮮だったのは「こんなにお金を出してくれるの?」ということが結構あって、今まで見えていなかった支えてくれている人を再確認できる機会になりました。「今こういう状況で応援してください」という連絡をひたすらしたので流石に疲れました(笑)。
大高:僕自身も先日まで下北沢に映画館を作る為のクラウドファンディングをやっていましたが、まさに小谷監督がおっしゃっていたような神秘的な体験はありました。映画に興味がないと言っていた人が、なぜか5万円も支援をくれたりすると、ちょっとその人を見る目が変わりますよね。ステレオタイプで人を見ていたのかもしれないと反省したり、考えさせられてしまう。自分で言うのもなんですけど、クラウドファンディングって普段得られない不思議な体験を得られる機会でもありますよね。
小谷:額だけが重要ではなんですが、遠いと思っていた人がバーンって出してくれて、びっくりしたりしますよね。
大高:そう言う意味でも、映画がクラウドファンディングを通じて広まったり、思わぬところに届いたりしていけばいいと思います。
■読書体験の良さと、武蔵野の魅力を感じてほしい
大高:公開に向けて今のご心境や、こういう人に見て欲しいというのはありますか?
渡邊:「たまらん坂」は読書の体験映画だと思います。私自身も本を読むのが好きで、本を読みながら自己投影をして救われたり、世界や心が開けていった経験があります。そういう感覚を知っている人に見て欲しいし、知らない人にも伝わっていけたらいいなと思います。
小谷:渡邊さんは「たまらん坂」に携わっていた4年間で、なにか変化はありましたか?
渡邊: そもそも小説が書きたくて大学に入ったんですけど、進路に対する悩みとか、自分はどこに行くんだろうっていう不安は抱えていて、それでも表現に対する憧れは持っていました。この前改めて映画を見返してみたら、自分の演技は決して出来てはいなかったと思いました。ただ、演じている最中は「山下ひな子」という私じゃない人間の感情や気持ちが掴めたと感じたことはありました。私は、自分の言葉や自分の内側から来るものの表現をずっと考えていたけど、人と関わり合いながら協力したり、コミュニケーションをとったり、関係を作りながら生まれてくるものがあるのだということを4年間で知りました。これからも、もっとこれをやってみたいなと思っています。
大高:文学から入ってきて演者になる人ってあまり聞いたことないので、そこが渡邊さんの魅力的だし個性的なところですよね。
渡邊:ありがとうございます。
大高:小谷監督もお願いします。
小谷:いわゆる小説原作の映画化ではなく、読書体験そのものを可視化した映画だと思っています。恐らく多くの方が同じような体験をしていると思いますが、読書を通して誰かの物語がいつしか自分の物語になっているという経験を、僕自身も体験してきています。人は生きていくために物語というものが不可欠な生き物だと思うんですけど、ときに小説は自分の物語を作っていくのを手助けしてくれる存在だと思っています。優れた小説というのは、他人が書いた他者の物語ではあるけれど、読んでいくうちにだんだんといつか自分の物語になっている。それが生きていく上で手助けしてくれる、助けになっていく。そういうような読書体験の良さを映画として描きたかったです。
大高:ありがとうございます。それでは最後に読者にメッセージをお願いします
渡邊:「たまらん坂」は変わった作品で、もしかしたらとっつきにくいかもしれないけど、見てすぐに何かを感じたり語ったりするのではなく、じわじわと広がって、その人の中でだんだんと形になっていくような作品、そういう風になったら嬉しいです。
小谷:この「たまらん坂」という映画は武蔵野にある武蔵野大学で作っているということもあって、武蔵野の魅力を出せたらいいなと思っています。主人公のひな子は4歳の時にお母さんを亡くしており、故郷である母親を失った故郷喪失者という設定を組んでいます。「母=故郷」というのを、僕の中では隠喩として「故郷=武蔵野」と捉えています。日本人にとって武蔵野という言葉は、どこか故郷を想起させる懐かしいものではないのかなと思っています。主人公のひな子が読書空間の中をあちこち歩き回っていく中で、最終的に武蔵野という地に着地するような作品にしたいという思いで作りました。映画を見て、皆さんも武蔵野の魅力を感じてみてください。
「たまらん坂」は、2022年3月19日より新宿K's cinemaほか全国で順次公開。
<あらすじ>
小雨降る秋の日、女子大生ひな子が、母親の墓のある寺の境内を歩いている。毎年、命日には父親の圭一と二人で墓参りに訪れていたのだが、今年はひな子一人であった。ふと、 母の墓前に一輪のコスモスの花が供えられているのがひな子の目にとまる。母方の祖父も祖母も 既に鬼籍に入っており、母が亡くなってから17年、墓前で他人の影を感じることは一度もなかったので、ひな子は不審に思う。携帯電話が鳴った。受話器の向こう側では、台風の影響で飛行機が欠航になり墓参りには来られないことを告げた上で、「たまらん」と漏らす圭一の声が聞こえる...。
出演:渡邊雛子 七里圭 渡辺真起子 黒井千次 小沢まゆ 古舘寛治ほか
監督:小谷忠典
プロデューサー:土屋忍 製作:武蔵野文学館
脚本:小谷忠典 土屋忍 脚本協力:大鋸一正
撮影:倉本光佑 小谷忠典 録音:柴田隆之 土屋忍 永濱まどか
助監督:老山綾乃 小幡優芽美 角田将崇 溝口道勇
制作:梅地亮 大野秀美 小川侑真 刑部真央 加賀見悠太
黒澤雄大 小亀舞 小松俊哉 高瀬志織 田中美和 野本理沙
橋野杏菜 畠山遥奈 平林武留 松井優香 山路敦史 山本裕子
アニメーション:大寳ひとみ タイトルデザイン:hase
整音:小川武 編集:小谷忠典 子守唄:松本佳奈
音楽:磯端伸一/ギター・磯端伸一 ピアノ・薬子尚代
使用楽曲:「ロックン・ロール・ショー」「多摩蘭坂」/RCサクセション
原作:「たまらん坂」黒井千次(福武書店・講談社)
2019年製作/86分/日本
配給:イハフィルムズ