コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第14回

佐藤久理子 パリは萌えているか

ロシア国籍を取得、仏映画界のパンドラの箱を開けたジェラール・ドパルデュー

フランスでは「ドパルデュー事件」として定着した、ジェラール・ドパルデューの脱フランス、ロシア移住問題に関するトピックが連日雪だるま式に増加し、論争を呼び起こしている。すでに日本でも報道されたのでご存知の方も多いと思うが、発端は重税を理由に彼がフランスの国籍を捨て、ロシアのパスポートを得たこと。高額所得者に課せられる、75パーセントの税金を納めている彼の主張によれば、過去45年間でその納税額は1億4500万ユーロ(約174億円)にのぼったとか。当初は隣国のベルギーへの移住を希望していたものの、それを聞きつけたプーチン・ロシア大統領がなんとじきじきにロシアの国籍をオファー。ドパルデューの口からこの話題が出たときは誰もが冗談だと思っていたもののなんと本当の話で、事は電撃的に進み、ドパルデューは国籍を修得したばかりかロシア連邦内モルドバ共和国に住居までプレゼントされ(金持ちほど歓迎されるのは言わずもがな)、さらにはちゃっかり文化大臣のポストにまで就くことになったという。

だが問題はたんにドパルデュー事件として終わらず、彼の行動がフランスの重税に関するパンドラの箱を開けてしまったことにある。いち早く反応したのは、映画界だった。俳優のフィリップ・トルトンが新聞に、激烈な批判レターを公開。だがこれに今度はドパルデューと親しいカトリーヌ・ドヌーブが反論し、やはり新聞でトルトンの論調を故意に攻撃的で下劣だと批判。「ドパルデューを個人的に擁護する目的ではない」と言いつつも、「彼は判断力が弱っている」とし、「でも俳優としては偉大なのだ」と筋の通らない反論を展開した。個人的にはどうみてもドパルデューの決断は褒められたものではないと思えるが、驚いたのは同業者たちの反応だ。「トルトンVSドヌーブ論争」に関して、何人かの業界人にインタビューをおこなったリベラシオン紙の記事を見ると、ほとんどの人が言明を避けつつむしろドパルデュー擁護に回っている。要は「長いものに巻かれる」的な態度であり、フランスの映画界に君臨し圧倒的な影響力を持ち続けるドパルデューに対して逆らわない方がトク、という姿勢なのだ。そんな彼らのメンタリティを独特のウィットで皮肉っていたのがファブリス・ルキーニのコメントだった。「ドパルデューを批判するなら、(自分も)強力なキャリアがなければだめだ。(中略)映画界の金字塔に歯向かおうなど自殺行為に等しいのだから」

もっとも、事はこれに終わらない。今度は動物愛護家として知られるブリジット・バルドーが、オランド首相に対して、「現在病気で安楽死させられようとしているリヨン市の動物園の象2頭の安楽死を止めないなら、わたしもロシアに移住する」と言い出す始末。

一方、映画界のやり手プロデューサーとして知られるワイルド・バンチ社の社長バンサン・マラバルが、「そもそもフランス映画は中身に比べて制作費が掛かり過ぎ。俳優もギャラをもらい過ぎる」と、制作費とギャラと興行収入の割合をアメリカ映画と比較しながら批判すれば、元ル・モンド紙の有名批評家が、「彼の参考データの一部は間違っている」と反論。マラバルの批判の標的になったひとりで現在はロサンゼルスに在住する人気俳優ダニー・ブーンも、「自分はそんなに高額なギャラをもらっていない」と反撃。さらには文化大臣まで登場し、現在のフランス映画に関する援助システムを擁護した。

ここでちょっと説明を付け加えると、フランスではそもそも芸術は「文化的特例」として、国からさまざまな援助金が出ている他、テレビ局は映画製作に関するある一定額の出資が義務づけられている。先出のマラバル氏はこれにも触れて、テレビ局のこうした介入が、テレビ放映時の視聴率を鑑みた売れっ子スターの起用を促し、彼らのギャラ高騰を招くとして批判を展開したのだ。

さらには今回の論争のおかげで、ドパルデュー以外にもじつは重税逃れのために海外移住を希望している著名人が少なくない事が発覚(LVMHグループの総裁ベルナール・アルノー氏も現在ベルギーへの移住を申請中)。ただでさえ不況のなか、これではフランスの未来はどうなると、国を挙げての大論争に発展している。

たしかに75パーセントの重税は、高額所得者にとって「税金を払うために働いているようなもの」と言いたくなるのもわからなくはないが、だからといって税金が安い国に移住しようとする行為は、不況や失業に苦しむ一般国民にしてみれば、まるで裏切られたような気持ちになるのも無理はない。こうした著名人たちの印象が悪くなるのは、避けられないだろう。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。