コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第86回

2007年2月8日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE
日本人女性として史上2人目のオスカー候補
日本人女性として史上2人目のオスカー候補
「ブリック」 4月14日、渋谷シネ・アミューズ他にて公開
「ブリック」 4月14日、渋谷シネ・アミューズ他にて公開

いよいよ、アカデミー賞が迫ってきた。この時期になるときまってオスカー予想を依頼されるのだが、今年はいろんな編集者の方から「菊地凛子は受賞しますか?」と質問された。「バベル」で助演女優賞にノミネートされた彼女が、いきなりオスカーを受賞することにでもなれば、日本では大きな盛り上がりになるに違いない。こうした質問をしてくるのは、普段あまり縁のない一般誌の編集部の方が多く、その口調には「頼むから、受賞すると言ってくれ」というニュアンスが多分に込められているものの、ぼくは一貫して「たぶんないでしょう」と言い続けている。薄情な人間だと思われるかもしれないけれど、現実的にみてその可能性は極めて低いからだ。同じく「バベル」でノミネートされたアドリアナ・バラザと評を分け合う展開になるだろうし――どちらも圧倒的な演技を披露しているだけに、優劣をつけるだなんて無理な話だ――「バベル」を配給したパラマウントは、「ドリームガールズ」のジェニファー・ハドソンを強力にプッシュしている。しかも、ハドソンがオスカーを受賞すれば、人気番組「アメリカン・アイドル」で落選したのちに栄冠を掴むというサクセスストーリーができ上がるだけに、ドラマを演出したがるアカデミー会員がこぞって彼女に投票する展開になるだろう。

こんな根拠を説明すると、編集者はひどくがっかりした声を出す。でも、ぼくはノミネートされたこと自体をもっと喜んでもいいんじゃないかと思う。俳優部門でノミネートをされたということは、アカデミーに所属するベテラン俳優たちに認められたことを意味する。ノミネートされた時点で、すでにハリウッド女優としてのお墨付きをもらっているということなのだ。

そんななか、嬉しいニュースが飛び込んできた。ライアン・ジョンソン監督の新作「ザ・ブラザーズ・ブルーム(原題)」へ菊地凛子の出演が決まったというのである。ライアン・ジョンソンは「ブリック」で注目を集めた新鋭監督で、レイチェル・ワイズ、エイドリアン・ブロディらのスターと共演することになる。ケイト・ブランシェットやケイト・ウィンスレットと同じエージェントと契約したと聞いていたから、いい企画に巡りあうだろうとは思っていたけれど、まさかこれほど絶妙な作品を選ぶとは思わなかった。

画像3

が、「ブリック」がまだ日本公開されていない今、このニュースの凄さを共感してくれる人はあまりいないかもしれない。「ブリック」は05年のサンダンス映画祭で審査員特別賞を受賞したハードボイルドな青春映画だ。元恋人の死因を突き止めるため、一匹狼の主人公が謎を追う、という探偵ものにありがちなストーリーながら、舞台はカリフォルニアのハイスクールで、登場人物は高校生のみ。作り込んだ台詞とスタイリッシュな映像で往年のフィルムノワールを再現しながらも、それがパロディに陥っていないのはハートがあるからだ。なにより、閉塞感ただよう高校時代を、フィルムノワールの舞台と一致させたアイデアが秀逸である。

「ザ・ブラザーズ・ブルーム(原題)」は、詐欺師の兄弟が、ターゲットの女に惚れたことからトラブルに遭うというストーリーで、「ブリック」同様、フィルムノワール的だという。菊地凛子の役柄は不明だが、願わくはとびっきりのファム・ファタールを演じてほしいと思う。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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