コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第76回
2006年4月4日更新
ジョニー・デップに取材をするときは、いつもより質問を少なめにすることにしている。普段インタビューをするときは、取材時間が余ってしまう場合に備えて、あまり重要でない質問まで用意していくのだが、相手がジョニー・デップとなるとそんな準備は不用だ。彼は、他の多くのタレントのように、用意してある返答をオートマティックに吐き出すようなことはしない。たとえ何度訊かれた質問だとしても、いちいち自分の気持ちに照らし合わせて、真剣に検討する。当然、時間はかかるのだが、だからこそ彼のコメントは、いつも正直で独創的なのだ。
「リバティーン」という新作映画で、急遽、ロサンゼルスで単独取材させてもらえることになったときも、15分というインタビュー時間に対して、用意した質問は5つほど。矢継ぎ早に質問を繰り出すよりも、ひとつの質問に対してより多くのコメントを引き出すほうが、良いインタビューになる予感があった。
ビバリーウィルシャー・ホテルの取材部屋に入ると、ジョニー・デップは握手で迎えてくれた。「チャーリーとチョコレート工場」で来日した日本の印象を軽く語ってもらったあと――「せっかく日本という素晴らしい国に行ったのに、その文化に直接触れる時間がなかったのが唯一のジレンマだね」――本題を切り出した。ぼくにとって「リバティーン」のなによりもの魅力は、デップが演じた実在の詩人ロチェスター伯爵が、彼自身と酷似している点だった。権威に逆らう破天荒な詩人は、ハリウッドに背を向けて独自路線を築いた彼と重なる点が多い。ならば、なぜデップは、ロチェスター伯爵のように破滅に引きずられずに済んだのだろうか?
実際、目の前でぼくの質問に耳を傾ける彼は、とても穏やかで、ひどく謙虚だ。彼が映画で演じるエキセントリックなキャラクターや、「反逆者」のイメージとはほど遠い。
「ぼくがラッキーだったのは、人生のある時点で子供を授かることができたことだね。娘が生まれたとき、まさに天啓を得たんだ。それまでぼくの頭を悩ましていた何百万もの疑問が、ほんの1ミリ秒かそこらのあいだに氷解したんだよ。同時に、それまでの人生をいかに無駄にしていたかを痛感した。それまでのぼくは、人生や将来やさまざまなことに激しく混乱して、薬に頼ったりしていた。でも、最初の子供を授かったとき、暗闇のなかに光が差し込むように、すべての謎が解けた。そのおかげで、それからの人生は、仕事もプライベートも、穏やかな気持ちで過ごせるようになったんだよ」
インタビューは盛り上がって、予定の時間をオーバーして終了。最後に「また会おう」と、堅い握手をしてくれた。聞き慣れた台詞でも、ジョニー・デップが言うと社交辞令に思えないから不思議なものだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi