コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第58回
2004年10月1日更新
英語に「break the ice」という表現がある。「氷を砕く」という意味が転じて、「堅苦しい雰囲気をほぐす」「場を和ませる」というニュアンスで日常的に使われるイディオムなのだが、気の利いたジョークが言えるわけでもなく、変わった特技などないぼくにとって、“breaking the ice”は非常に難しい。
特に困るのが、取材の席である。単独インタビューの場合、相手が控えている部屋に1人で入っていくことになる。挨拶を終えてから、最初の質問に入るまでの間、できれば軽い冗談でも言って雰囲気を和ませたいのに、ぼくの言えることと言えば、「お会いできて光栄です」とか「映画、面白かったです」などと凡庸なことばかり。それでも取材には支障ないのだけれど――相手はプロフェッショナルだから、よっぽど変な態度を取らないかぎり、ちゃんと答えてくれるものなのだ――ありきたりじゃないコメントを引き出すためには、「氷」を打ち砕く必要がある。取材時間が長ければ突っ込んだ話に持っていくことも可能だけれど、最近の取材時間はどんどん削られているから、“breaking the ice”能力をなんとか身につけなくてはと焦っていた。
それが、つい最近、裏技を発見したのだ。ドリームワークスのCGアニメ映画「シャーク・テイル」でジャック・ブラックに単独取材したときのこと。いつものように軽く挨拶しただけなのに、ジャック・ブラックは興奮して話しかけてきたのである。話題は、ぼくがテレコとして使っているiPodだった。「iPodって、録音もできんの?」という疑問から始まり、「マイクの性能は?」「バッテリーはどんくらい持つの?」と畳みかけてくる。アメリカではいまだにカセットテープを使っている記者が多く、MDを使用している人でさえ少ないから、ハードディスク録音できることにショックを受けたようだ。実はぼくも購入したばかりなのだけれど――それまで所持していた型は所持していた型はボイスメモ機能がついていなかった――知ったような顔をしながら説明をした。他人行儀な雰囲気は、一瞬のうちに氷解していた。
同じことは、「ウィンブルドン」でキルステン・ダンストに取材したときも、「Mr.インクレディブル」でブラッド・バード監督に取材したときも起きた。iPodは、究極の“icebreaker”なのだ。
テレコとしての使用感も抜群だ。操作は至ってシンプルだし、録音時間はほぼ無限だし、一日中取材があってもバッテリーが持つ。なにより、録音した音声がそのままハードディスクのなかに収まるから、カセットテープやMDのようにかさばることもない。これで、自動でテープ起こしする機能までついたら、同業者はみんな迷わず購入するだろう。
急速な勢いで広まっているiPodだから、インタビューの雰囲気作りに利用できるのも今年いっぱいというところだろう。早いところ、新しい手を考えなくては。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi