コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第28回
2002年4月2日更新
ごくたまにだけれど、インタビュー取材で自宅を訪問させてもらえることがある。これまでボルチモアにあるジョン・ウォーターズ邸や、ハリウッド・ヒルズにあるデビッド・リンチ邸、サンタモニカにあるロジャー・ディーキンス(撮影監督)邸など、だいたい10軒ほどのお宅を訪問している。プライベートな場所に足に踏み入れることで、相手の人となりがわかるし、通常のホテル取材と違ってリラックスした環境でのインタビューとなるので、本音が聞きやすいというメリットがある。
先日、テレビ取材である人のお宅を訪問させてもらった。映画「スパイダーマン」に登場するクモを扱った「昆虫使い」のスティーブ・カッチャーさんだ。もともと昆虫学者だったカッチャーさんは、「エクソシスト2」ではじめて映画製作に関わり、その魅力に目覚める。その後は、プロの昆虫使いとして「X-ファイル」「ロスト・ハイウェイ」「エイリアン4」など無数の映画に関わっている。ハリウッド映画に昆虫がでてきたら、そのほとんどはこの人の仕事と言っていいぐらいの人気者なのだ。
カッチャーさんの家は、怖れていた以上にすごい場所だった。外見は普通の一軒家なのに、内部は文字通り虫だらけ。水槽や観賞用の檻の中だけでなく、オーブンや冷蔵庫の中にまで侵出しているのだ。アイスクリームのとなりには凍ったハチ、ニンジンの横には冬眠中のチョウという、虫嫌いのぼくにとっては悪夢のような生活環境。仕事部屋には、何十種類ものクモやサソリが、乱雑に見えながらも実はシステマティックに整理されている。おまけに乾燥したハエを3万匹詰めた瓶や(1匹1ドルで売っているという)、脱皮したクモの皮まで展示してある。マダガスカルなんとかという自慢のゴキブリを見せられたとき、思わず吐き気を催してしまった。
こんな風に書くと、とんでもない変人を想像するかもしれないけれど、カッチャーさんは温かみのあるとってもいい人だった。虫たちのことを異常に愛していることをのぞけば、いたってノーマル。昆虫好きの少年がそのまま大人になってしまったような感じで、喜々として自慢のペットたちを紹介してくれる。あいにく前の奥さんには逃げられてしまったそうだが──そりゃ、どんな奥さんでも逃げるでしょう──、虫との生活を心から楽しんでいるようだ。
「ぼくの使命は、人々の虫に対する恐怖心を取り除いてあげることだと思ってるんだ。みんなが怖がっているのも、実は無知のせいだからね」
2日に及ぶ撮影のうち、いつのまにか部屋中でうごめく昆虫や、その独特な悪臭を気にしなくなっている自分に気付いた。
取材が終わったその日の夜、自宅の天井にクモの巣を発見した。
でも、そのままにしておいたよ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi