コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第262回
2015年5月19日更新
第262回:次の「MAD MEN」? AMCが放つ新ドラマ「Halt and Catch Fire」
アメリカで「MAD MEN」がついにフィナーレを迎えた。2007年に放送を開始した同ドラマは1960年代の広告業界を舞台にした野心作で、スタイリッシュな物語世界と重厚なドラマで社会現象を巻き起こした。
「MAD MEN」の完結は、全米放送を手がけたAMCにとっても、ひとつの時代の終焉を意味している。AMCはもともと古典映画やドラマの再放送を行う凡庸なケーブル局のひとつに過ぎなかったが、「MAD MEN」をきっかけにオリジナルドラマ制作に進出。「ブレイキング・バッド」「The Killing」「ウォーキング・デッド」とつぎつぎと話題のドラマを手がけ、名門HBOと並ぶドラマチャンネルになった。
しかし、「Rubicon 陰謀のクロスワード」や「偽りの太陽 Low Winter Sun」といった後続ドラマが1シーズンで打ち切りになり、「ウォーキング・デッド」を除くすべての人気ドラマが完結したいま、勝負どころを迎えている。「ブレイキング・バッド」から生まれた「Better Call Saul」や、「ウォーキング・デッド」のスピンオフ「Fear the Walking Dead」など既存の人気ドラマに依存した新番組だけでなく、新たなヒット番組を生み出せるかが鍵となっている。
そんななか、今回は昨年AMCでスタートした新ドラマ「Halt and Catch Fire」を紹介したいと思う。
物語の舞台は83年テキサス州ダラスだ。ここはAT&Tやデル、ヒューレット・パッカード、テキサス・インストルメンツなどのハイテク企業があることから、シリコンバレーならぬ、シリコンプレーリーと呼ばれている(バレーは渓谷、プレーリーは草原の意味)。ここにある中堅システムソフトウェア会社カーディフに、かつてIBMで重役を務めていたジョー・マクミラン(リー・ペイス)という謎の男がやってくる。セールストークの達人で野心家の彼は、強引にパーソナルコンピューター部門を設立。はみだしものたちを寄せ集め、IBMに対抗する革命的な新製品を生み出そうとする、という物語だ。
「Halt and Catch Fire」はPC革命を架空の企業の視点で描く野心作で、夢想家のジョーはスティーブ・ジョブズ、愛妻家で技術オタクのゴードン(スクート・マクネイリー)はスティーブ・ウォズニアックを彷彿とさせる。ただ、そこに「ドラゴン・タトゥーの女」のリスベットを思わせるパンクな天才コーダー、キャメロン(マッケンジー・デイビス)が加わることで、新鮮味と一触即発の緊張感が生まれている。
過去の時代を舞台に、特定の業界を描くというアプローチは「MAD MEN」と同じ。最大の違いは80年代という時代設定である。自分にとってみればほんの昔のことなのに、当時のファッションや音楽はもちろん、スマートフォンやインターネットの存在しない世界の生活はとても新鮮に映る。また、これはPCの創生期の物語なので、この業界に詳しい人は違った楽しみ方もできると思う(タイトルは、CPUを停止させるマシン語だそうだ)。
アメリカでは今月からシーズン2の放送が開始。「MAD MEN」に代わる人気ドラマに成長できるか注目である。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi