コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第242回
2013年11月1日更新
第242回:賞レースシーズン到来!S・フリアーズ監督作「あなたを抱きしめる日まで」に注目
今年もいよいよ賞レースのシーズンに突入した。例年にない混戦といわれていて、 有力作品のあまりの多さに、ジョージ・クルーニー監督・主演の「ミケランジェロ・プロジェクト」や、ニコール・キッドマン主演の「グレイス・オブ・モナコ(原題)」、ベネット・ミラー監督の「フォックスキャッチャー(原題)」などの注目作が相次いで公開延期を発表しているほどだ。そんな今年の公開作品のなかで、今回はアカデミー賞に絡んできそうな佳作をひとつご紹介。スティーブン・フリアーズ監督の「あなたを抱きしめる日まで」という作品だ。
主人公は、元BBC記者のマーティン(スティーブ・クーガン)だ。英労働党のアドバイザーとしての仕事をクビになったばかりの彼は、フィロメナ(ジュディ・デンチ)という老婆から人探しを頼まれる。探し人は、なんと50年前に生き別れになった息子だ。10代のとき、フィロメナは行きずりの男と関係を持って妊娠。親の怒りを買った彼女は修道院に入れられ、出産した子どもを強制的に養子に出されてしまった過去を持つ。その後、フィロメナは看護婦となり幸せな家庭を築いたものの、晩年になって生き別れになった息子の安否が不安で仕方がなくなり、たまたま出会ったジャーナリストに助けを求めたのだ。マーティンはことの顛末を出版化することを条件に、捜索を引き受けることにする。
勘のいい人は、このあらすじを聞いただけで、実話をもとにしていることに気付いたかもしれない。マーティンがフィロメナに人探しの相談を受けたのが2004年のことで、09年に一部始終をまとめた「The Lost Child of Philomena Lee」を刊行。「あなたを抱きしめる日まで」は、そのノンフィクション本の映画化なのだ。
これは、風変わりな探偵ミステリーだ。探し人に関する情報は50年以上も前のものだし、探偵は職なしの元ジャーナリストと人の良いおばあちゃんである。それでも、行き当たりばったりの行動力と偶然の積み重ねから、息子の消息を掴んでいく。つぎつぎと明るみになる事実は驚きに満ちていて、まさに真実は小説よりも奇なり、だ。
主人公二人の組み合わせも見事だ。フィロメナは慎ましい生活を送る敬虔なクリスチャンで、マーティンは落ちぶれた元エリート記者である。皮肉屋で悲観的なマーティンが、無教養だがおおらかな心を持つフィロメナと一緒の時間を過ごすうちに心を開いていく。ジュディ・デンチが見事なのは相変わらずだけれど、マーティンを演じたスティーブ・クーガンがいい味を出している。彼はプロデューサーと共同脚本も兼ねている。
時代性や革新性はまったくないけれど、良く出来た感動作という点では「英国王のスピーチ」によく似ている。きっと賞レースにも絡んでくると思う。
「あなたを抱きしめる日まで」は、14年3月公開。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi