コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第236回
2013年8月30日更新
第236回:最終話に向け人気が加速するドラマ「ブレイキング・バッド」
「ブレイキング・バッド」が、アメリカで社会現象となりつつある。ハリウッド・レポーターやエンターテインメント・ウィークリーなどエンタメ系のサイトは、毎週の放送が終わるたびに解説を掲載しているし、ソーシャルネットワークでは最新エピソードの感想や今後の展開について活発に意見が交わされている。主人公の妻スカイラーの行動に嫌悪感を抱く視聴者も少なくなく、「I Hate Skyler White」というFacebookのファンページは、口汚いコメントで埋め尽くされているほど。これにスカイラー役の女優アナ・ガンが反論の手記をニューヨーク・タイムズ紙に発表したことから、ますます議論は白熱している。
今「ブレイキング・バッド」がここまで注目されているのは、最終話の放送を目前に控えているからだ。「ブレイキング・バッド」は、シーズン5が最終シーズンとなっていて、2012年夏に前半の8話が放送され、今夏残りの8話が放送されるという変則的なスケジュールとなっている。もともとは批評家の評価は高くても人気はそれほどだったドラマだけれど、シーズンを重ねるごとにファンを増やし、今ではケーブル局でトップの視聴率を誇っている。
物語の基本設定は、末期ガンを宣告された高校の化学教師が、家族に遺産を残すためにドラッグ精製に手を染めることになる、というショッキングなものだ。このドラマのプレゼンテーションを初めて聞かされたとき、制作会社の重役は「これまで聞かされたなかで、もっとも下らないアイデアだ」と発言したそうだから、誤解している人がいるかもしれないけれど、「ブレイキング・バッド」は、ドラッグを美化なんかしていない。むしろ、ドラッグ精製という甚大な過ちを犯した主人公の負のスパイラルを描いている。
警察や麻薬組織に目を付けられた主人公は、生き延びるために、無実の人々の命まで奪っていく。温厚で臆病だった「チップス先生」は、狡猾で残忍な「スカーフェイス」に変貌を遂げるのだ。実際、ひとつのドラマで主人公がこれほど変化するものも珍しいし、主人公が完全な悪者になってしまった今でもなお、視聴者が主人公に共感しつづけているのも面白い(もっとも、共犯者である妻スカイラーに対しては、ファンはなぜか手厳しいけれども)。
さて、主人公ウォルター・ホワイトはどんな末路を辿るのか? 番組視聴者の一番の関心はこの点に尽きる。シーズン5の後半も、これまで同様に緊張感に満ち溢れ、いくつもの伏線が張り巡らされている。さらに、フラッシュフォワードが導入されているので、ドラマで描かれる現在とフラッシュフォワード部分で描かれる近未来との空白を、あれこれ想像しながら頭のなかで埋めていく楽しさを味わうことができる。この点は「LOST」とそっくりで、考えてみれば、最終話に向かってファンとメディアが一体となって盛り上がっていく感じは、10年の「LOST」の放送終了直前の雰囲気に似ている。
大好きなドラマが終わってしまうのは残念だけれど、最後の数話をじっくり見届けようと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi