コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第195回
2012年9月3日更新
第195回:全米トップ10入りを果たした反オバマ映画に迫る
「2016: Obama's America」という反オバマ映画の存在は知っていたけれど、他の低予算の政治ドキュメンタリーと同じように、すぐに消え去るものだと思っていた。マイケル・ムーア監督の「華氏911」が大ヒットしてからというもの、保守派もドキュメンタリー映画を通じた政治活動に積極的だが、ろくな作品がないのが現状だ。映画つくりに関わる人種のほとんどがリベラルだから、人材不足が原因なのかもしれない。
しかし、「2016: Obama's America」は、米共和党大会の直前に上映館数を拡大したことが効を奏し、なんと全米7位にランクインした。ジョセフ・ゴードン=レビットのアクション「Premium Rush」など3本の新作映画に、ドキュメンタリー映画が勝ってしまったのだから、ものすごい快挙である。
プロパガンダ映画なんて見たくないけれど、もしかしたら良質な作品なのかもしれない。怖いもの見たさで、僕は近所のシネコンへと向かった。
これは、保守派のコメンテーターとして知られるディネッシュ・ドゥソウザのノンフィクション本「The Roots of Obama's Rage」を下敷きにしたドキュメンタリーだ。ドゥソウザ本人が出演しているうえに、共同監督も務めているので、保守派のマイケル・ムーアだと思っていいかもしれない。
映画は、ドゥソウザのキャリア紹介から始まる。インドからアメリカに留学し、アメリカの素晴らしさに惚れ込んだ彼は、保守派の論客として台頭していく。レーガン政権時代にホワイトハウスで働いた経験もある。
そんなドゥソウザにとって、バラク・オバマ大統領は、共感できる人物だ。同い年だし、逆境をはねのけてアメリカンドリームをつかんだ点も同じである(どうでもいい情報だが、結婚した年も同じらしい)。しかし、オバマの政策に関してはなにひとつ評価していない。むしろ、(彼の目から見て)ろくでもないことばかりをしている。そこでドゥソウザは、バラク・オバマの人となりを理解するために、自伝「マイ・ドリーム」を片手に過去を探る旅に出る。かつてどんな経験をしたのかがわかれば、現在の理不尽な行動にも説明がつくからだ、とドゥソウザは説明する。
問題はここからだ。ドゥソウザは、オバマ大統領が生まれ育ったハワイやインドネシア、父の出身地であるケニアを訪問し、共通点を見いだす。ケニアはかつてイギリスの植民地、インドネシアはかつてのオランダ領であり、その後、日本に支配された。そして、ハワイ王国は、アメリカによって併合されている。多感な時期にかつての植民地の窮状を目の当たりにしたバラク・オバマは、帝国主義に怒りを抱くようになった、とドゥソウザは分析。だから、大統領となった今、世界で唯一の大国であるアメリカを自らの手で潰そうとしているのだ、と結論づける。彼の再選を許せば、任期を終える2016年には、アメリカは再起不能な状態になってしまう。だから、なんとしても阻止しなくてはならない、というドゥソウザの思いがタイトルに込められている。
困ったことに、内容と同じくらいつくりも稚拙だ。ストーリー展開がぎこちなく、再現ドラマが陳腐なのはまだマシなほうで、まったくピントのあっていないインタビュー映像があるくらいだ。せめて語り手のドゥソウザに魅力があればいいのだが、愛嬌も才覚も覇気もなく、そのくせやたらと画面に映りたがるのだから困ったものだ。いくら低予算とはいえ、劇場公開レベルに達していないと思う。
それでも、この映画はヒットしている。僕は大事な何かを見過ごしているのかもしれない。
「2016: Obama's America」の日本公開は未定。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi