コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第170回
2012年2月17日更新
第170回:米テレビドラマの質を保つ秘けつ“パイロット版”とは
アメリカのテレビ業界は今、パイロット・シーズンと呼ばれる時期のまっただ中にある。アメリカで新ドラマを立ち上げるためには、まずは第1話を試験的に制作し、その仕上がりを見てから、ゴーサインを出すかどうかを決めることになっている。試作品をパイロット版と呼び、毎年5月に完成したパイロット版を審査することから、毎年1月から4月までの制作期間がパイロット・シーズンと呼ばれるわけだ。
アメリカのドラマは総じて質が高いが、パイロット版という仕組みが大きく貢献しているように思う。企画書や脚本なんかよりも、サンプル版を観た方が評価しやすいのは当然の話だ。ボツにした場合は損失も大きくなるわけだけれど、どんなドラマ企画でもパイロット版をつくるというわけじゃない。実は4大ネットワークには毎年500本近くのドラマ企画が寄せられ、そのなかでパイロット版の脚本を発注するのは約70本、制作にゴーサインを出すのは20本程度と言われている。つまり、優秀なドラマ企画だけが、パイロット版にたどり着けるというわけなのだ。
もっとも、パイロット版はゴールではない。ウォールストリート・ジャーナル紙の調査によると、パイロット版20本のなかで、実際に放送が決定するのは4本から8本。そして、放送開始しても、視聴率次第で打ちきられてしまうから、シーズン2に突入できるのは、1本から2本だという。ヒットドラマを生み出すのはそれだけ大変なのだ。
米テレビ界で働く俳優にとっても状況は厳しい。たとえば、オーストラリア出身のアレックス・オローリンは、そのルックスと演技力が認められて、さまざまなパイロット版で主役を努める。そのうち“Moonlight”と“Three Rivers”のふたつのドラマが放送にこぎ着けたが、いずれもシーズン1の途中で打ち切られてしまった。だから「HAWAII FIVE—O」のパイロット版の誘いがあったとき、躊躇したという。
「『HAWAII FIVE-0』がもし放送中止になったら、3番組連続でドラマを潰したことになってしまう。そうなったら、誰も僕を雇ってくれなくなるからね」
しかし、制作陣を信じて出演を決めると、「HAWAII FIVE-0」は新番組ながら高視聴率をキープ。シーズン2も好調なので、当分はキャリアの心配をしなくて良さそうだ。
さて、今制作中のパイロット版のなかで、僕が注目するのはやっぱりJ・J・エイブラムスの新ドラマだ。さすがヒットメーカーだけあって、彼が関与したドラマのほとんどが放送開始はもちろん、シリーズ化にこぎ着けている。昨年この時期にパイロット版が製作された「アルカトラズ」と「Person of Interest」も、いまアメリカでシーズン1が放送中だ。今年は“Shelter”と“Revolution”というふたつのドラマの制作総指揮を務めているが、僕がとくに期待しているのは後者の方。「SUPERNATURAL」のエリック・クリプキの企画というのがいいし、パイロット版の演出を「アイアンマン」シリーズのジョン・ファブローが担当するというのもいい。なにより、「あらゆる種類のエネルギーが突如消え去ってしまった世界を舞台にしたサバイバルドラマ」という設定が「LOST」を彷彿とさせる。今から放送が楽しみだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi