コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第128回
2010年8月12日更新
第128回:TVゲーム世代のリアリティを投影した青春映画「スコット・ピルグリム VS ザ・ワールド」
先月、世界最大級といわれるポップカルチャーのコンベンションComic Conがサンディエゴで行われた。すでにご存じの方も多いだろうが、Comic Conはいまやハリウッド映画の見本市となっており、今年も「ハリー・ポッターと死の秘宝」や「パイレーツ・オブ・カリビアン4」のフッテージ上映をはじめ、期待の新作が次々と発表された。しかし、Comic Conにおいて、もっとも知名度を上げたのは、「スコット・ピルグリム VS ザ・ワールド」という青春映画だ。2回にわたる映画上映はいずれも熱狂的な反響を呼び、クチコミがアメリカ全土に広がった。一部のファンにしか知られていなかった作品が、Comic Conでのお披露目を経て注目作品になるというパターンは「第9地区」とまったく同じである。
「スコット・ピルグリム VS ザ・ワールド」の主人公は、カナダに住む22才のスコット・ピルグリム(マイケル・セラ)だ。売れないバンドのベーシストをしながら、ゲームをしたり、中国系の女子高生とデートしたりと、ありきたりの日々を過ごしている。ある日、不思議な女の子ラモーナ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)に恋をしたことで生活が一変する。ラモーナには邪悪な元恋人が7人もいて、その全員と「決闘」しないことには、付きあうことができないというのだ。かくして、ピルグリムは次々と現れる刺客と死闘をする羽目になる、というのがこの映画のあらすじだ。
最大の魅力は、主人公の妄想や主観がそのまま映像化されているという点だろう。楽器を鳴らせばそれは「ジャーン!」という擬音となって画面に飛び出し、恋敵との決闘になるとたちまち画面が「ストリートファイター」と化す。
こうした映像表現が登場人物の妄想として描かれること自体は珍しくない。しかし、突飛な妄想を描いたあとには、現実に戻るのがセオリーである。しかし、「スコット・ピルグリム」にリアリティは存在しない。冒頭のユニバーサル映画のロゴ(ファミコン的なレトロなCGで描かれる)から、ハイパーリアルな世界が怒濤のごとく展開し、恋敵たちとの対決が始まると表現はさらにエスカレート。ピルグリムが死闘に勝利すると、なんと敵はコインとなって砕けちるのだ。本来ならば、誇張表現のあとに、ノーマルな描写が描かれるものだ(例えば、悪者がむくっと起き上がり、「おぼえてやがれ!」と吠える)。しかし、この物語にリアリティはない。戦いに勝利したピルグリムは床に散らばったコインを当たり前のようにかき集め、ファンタスティックな日常を続けるのである。
実は、この世界観に最初は戸惑った。現実という土台がないために、感情移入しづらいのだ。しかし、試写会場に詰めかけた若者たちの笑い声を聞いているうちに、それは自分が年を取っているからなのかもしれない、と思い直した。TVゲームや漫画で育ったいまの若者にとっては、このファンタジー世界こそが現実なのだ。そして、「スコット・ピルグリム」は、彼らのリアリティを投影した、初めてのハリウッド映画なのである。
監督は、「ショーン・オブ・ザ・デッド」や「ホット・ファズ」で知られるエドガー・ライト。日常と狂気をミックスさせることに長けた彼は、ブライアン・リー・オマリーのコミックを下敷きに、独創性に満ち溢れた野心作を生み出した。大ヒットとなるかどうかは現時点では不明だが、カルト映画として長く語り継がれることになるのは確かだと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi