コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第58回
2023年8月15日更新
【ネタバレ】「オッペンハイマー」日本での公開はどうなる? 台湾まで見に行ってきた
いま、台北のホテルにいて、複雑に絡み合ってしまった感情の糸をほぐしながらこれを書いています。
今回、台北にやってきた理由は「オッペンハイマー」を鑑賞することです。ひょっとしたら、日本で公開されない可能性があります。しかし、クリストファー・ノーラン監督の新作なので、職業柄見逃すわけには行きません。
※以下、「オッペンハイマー」の核心に触れる記述が含まれますのでご注意ください。
7月21日の北米公開に合わせて、LAの小西未来さんに鑑賞レビューを発注しつつ、自分も早く見たいので台湾への鑑賞旅行を企画しました。台北に巨大スクリーンのIMAXシアターがあるんです。もしかしたら、映画.comスタッフで他にも参加する者がいるかもと思って同行者を募ると、2名が参加したいと手を上げて、合計で3名のツアーとなりました。全員の日程を調整したところ、8月7日~9日の2泊3日に決定。折しも8月6日は広島に、8月9日は長崎に原爆が投下された日です。この巡り合わせは何かのカルマだなと思いつつ、成田空港を後にします。
8月8日(火)、朝イチのIMAX上映に3名で臨みます。今回「オッペンハイマー」を鑑賞するのはミラマーシネマというシネコン。ここのIMAXは、スクリーンサイズが28.80メートル×21.16メートル。なんと、グランドシネマサンシャインの25.8メートル×18.9メートルよりデカいんです。いつか行ってみたいと思っていたミラマーシネマでしたが、今回ついに実現することになりました。
ショッピングモールの外壁に「オッペンハイマー」の巨大バナーが掲出されています。台湾語では「奥本海默」と書くんですね。公開日は2023年7月21日、つまり北米と同時公開でした。
午前9時35分、上映が始まりました。平日の朝一番の回、観客は50~60%の入り。若い人たちが多い。上映は英語音声に台湾語字幕というバージョンです。
キリアン・マーフィ演じるロバート・オッペンハイマーがずーっと出ずっぱりです。とにかく会話が多い映画です。ストーリーの詳細は小西さんのコラム(https://eiga.com/extra/konishi/336/)などをご参考いただくとして、開映から2時間後に現れるロスアラモスの核爆発実験のシークエンスが、この映画の最大のクライマックスです。
その壮絶な焔と爆風と轟音のスペクタクルは、これまでに目撃してきた爆発シーンとはレベルが全然違います。IMAXで鑑賞する価値はもちろん認めます。しかし同時に、多くの日本人にとっては、非常に辛く悲しい感情を呼び起こすものであることを強調せずにはいられません。
実際、広島や長崎の映像は登場しません。しかし、その上空で爆発した爆弾の威力を目前にするだけで、その恐ろしさ、それが起こした悲劇の凄まじさが十二分に伝わって来ます。
この映画を日本で公開すべきか? 監督やスタジオの立場からすれば、それはもちろん「YES」でしょう。稀代の天才監督が精魂込めて作った映画が、それなりに存在感のある日本市場で公開されないというのは、とても大きな機会損失です。しかしその日本の国土では、この映画の主人公である「原爆の父」によって作られた爆弾によって20万人以上の一般市民の命が奪われたという辛い歴史があるのです。日本公開が「NO」でも全然驚きません。
いずれにせよ、わざわざ台北まで見にきた甲斐がありました。少なくとも「この映画を軽く語ってはいけない」ということが確認できました。見たい人には見てほしい。だけど、見てほしくない人には一切情報を届けたくない、という究極のアンビバレンスを感じる映画です。
「ノーランのファンなら絶対に見るべき」という単純な話ではありません。見る者の倫理観、生死観、第2次大戦に関する知識や感情、そういうものの一切を懸けて鑑賞するような、そんな凄まじい映画です。
冒頭にも書きましたが、個人的に見終わった直後、心を複雑骨折したような、とてもややこしい衝撃を覚えました。爆発シーンの壮大なカタルシスと、ノーランに対する畏敬の念。一方で、原爆を投下された日本人としての想い。こんがらがった感情の糸がなかなかほぐれません。そんな映画はちょっと記憶にないし、この先もそうそう現れないと思います。
東京に戻って一週間が経過し、今日は8月15日、終戦記念日です。今日のこの時点で、日本国内において「オッペンハイマー」が上映されていないという事実に安堵感を覚えます。少なくとも、もうしばらくの間は、日本での公開を見合わせた方がいいのではないかと個人的には思っています。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi