コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第52回

2023年3月18日更新

編集長コラム 映画って何だ?

スティーブ・ジョブズによって滅ぼされた、カナダの携帯電話メーカーの映画 SXSW2023より

3年ぶりに、テキサス州オースティンにやって来ました。SXSW(サウスバイサウスウエスト)に参加するためです。コロナ禍でのキャンセルやオンライン開催へのシフトを経て、ようやく平常開催に戻った感が確認できました。ダウンタウンにはBIRDやLIMEなど、電動キックボードのライダーが走り回っているし、目抜き通りの6thは相変わらずの賑わいを見せています。

SXSWアーチ
SXSWアーチ

さて、2022年のSXSW映画祭のオープニングだった「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が、オスカー7冠ゲットした直後ということもあって、SXSWは非常に誇らしげです。ミシェル・ヨーがフィーチャーされたニュースロールとか、あの目玉のアイコンがフィーチャーされたオブジェとか、あちこちで「エブエブ」を祝福するムードが漂っています。

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」に登場する“目玉”アイコン
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」に登場する“目玉”アイコン

今回、最初に突撃した上映は「ブラックベリー」という映画です。ブラックベリーはスマートフォンの走りですね。日本ではあんまり使っている人がいませんでした。これ、ドキュメンタリーかと思ったら、実話をもとにした劇映画。これが非常に面白かった。

予告編を貼っておきましょう。

カナダで、オタクのお兄ちゃんたち(映画好き!)がベンチャー起業を立ち上げ、通信関連のデバイスを生産していたが、事業が停滞し、資金繰りが苦しくなる。

彼らの製品に目をつけた企業の役員が、「数万ドル出資する。その代わりオレをCEOにするのが条件だ」と持ちかける。

新しいCEOの元でスマートフォン「ブラックベリー」を開発したところ、これが北米で大当たり。

ブラックベリーはバカ売れし、会社(RIM リサーチ・イン・モーション)は大繁盛。

アップルがiPhoneを発表し、ブラックベリーは一気に窮地に追い込まれる。

以上がざっくりのストーリーですが、ブラックベリーについては、私も2000年代初頭に購入を真剣に考えたものの見送った過去がありました。日本語に対応してなかったのが買わなかった要因ですが、当時はめちゃめちゃ気になるガジェットでしたよね。オバマ大統領も使うほど人気になっていました。

日本でブラックベリーを使っていたのは、おもに外資系企業の社員でした。映画業界でも、外資系の配給会社で本国とやりとりするポジションの人たちは、ほぼ全員ブラックベリーを使っていました。もちろん、国内のコミュニケーション用にガラケーも持っています。

結局、その後登場したiPhoneが携帯電話業界にもの凄いレベルのディスラプションをもたらして、業界の構造を変えてしまったのは説明の必要もないでしょう。2007年~2010年あたりの携帯電話業界の栄枯盛衰を象徴する映画です。

上映後のティーチイン。真ん中がマット・ジョンソン監督
上映後のティーチイン。真ん中がマット・ジョンソン監督

私は、この会社(RIM)のことは全く知らなかったので、そのサクセスストーリーはなかなか新鮮でした。オタクなエンジニアが2人で作ったなあなあ系スタートアップですが、外からきたオラオラ系のCEOがちゃんとした会社経営を叩き込んで、虎の子のプロダクト、ブラックベリーでとてつもないブレークスルーを導きます。これが、シリコンバレーじゃなくて、カナダのオンタリオ州の小さな町から始まったというところが痛快であり、共感も人一倍。

しかしスティーブ・ジョブズによる、2007年のiPhone発表プレゼンテーションが、ブラックベリーの快進撃から当事者たちを奈落の底に突き落とします。その伝説的なプレゼンのフッテージもたっぷり使用されていて、「そうそう、これ繰り返し何回も見たやつだ」って懐かしくなりました。私たちが感じたiPhoneへのワクワク感と高揚感の裏で、激しい衝撃と焦燥と絶望に見舞われた人々がいたという事実を、今さらながらに追体験できました。

この映画が日本で劇場公開されるかは微妙だと思います。しかし、どこかの配信プラットフォームがピックアップすれば、日本でも見られるようになるかも知れません。しばらく、本作の動向を追いかけてみようと思います。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

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