コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第47回
2022年5月27日更新
ロシアやウクライナの真実に迫る映画とドラマ、今見るべき3本
ロシアがウクライナに侵攻を始めて、3カ月が経過しました。侵攻が始まった頃は、正直、何が起きているのか状況がよく分かりませんでした。私の周りでも「ロシアはひどい」「ウクライナが気の毒」というステレオタイプな意見ばかり。
しかし、様々な文献やネット上の考察をあたってみると、2014年にヤヌコーヴィチ政権が倒れた時から、ウクライナは分断状態に陥っていたことが分かります。マリウポリを含むドンバス地方は、もともと親ロシア的な住民が多い地域で、「ノヴォロシア(新しいロシア)」の国旗を掲げ、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国という反ウクライナ的な自治政府が立ち上がっています。
この地域を描いた映画「ドンバス」(公開中)は2018年のカンヌ映画祭の「ある視点」部門で監督賞を受賞した作品ですが、今年(2022年)になって日本で公開されました。ドンバスの地における住民感情や生活が、ビビッドに伝わる1本です。先日「ロシア軍がマリウポリを完全に掌握した」という報道がありました。私は、この映画を見ていなかったら、状況が正しく理解できなかったと思います。ウクライナの東部で起こっていることと、首都のキーウ周辺では、だいぶ事情が異なるようです。
私は大学でロシア語を学んでいたこともあり、ロシアやソ連については他人よりも興味旺盛な方だと思います。ロシアにも、2度旅行で訪れたことがあります。
行ってみると分かりますが、飛行機はもちろん、鉄道での移動やホテルの宿泊など、外国人がロシア国内で移動したり宿泊した履歴はすべて当局が記録しています。日本の新幹線に相当する鉄道は、事前に予約しないと乗れませんし、乗車時にパスポートチェックもあります。また、ホテルでの宿泊は滞在登録が必要で、ロシア滞在中にホテルを変更する場合など、それまで泊まっていたホテルに証明書を発行してもらわなくてはなりません。ロシアは、決して自由な世界ではなく、ある種の警察国家であると認識しました。そして、ロシアに君臨する秘密警察と言えば「FSB」です。かつてのKGBね。
「ナワリヌイ」(6月17日公開)という映画は衝撃的です。「プーチンのライバル」と称されるアレクセイ・ナワリヌイという活動家が、ロシアで大統領選立候補に向けて奮闘する日々に密着したドキュメンタリーです。大きく報道されたのでご存知の方も多いと思いますが、彼は、2020年8月にロシア国内線の機内で毒殺されそうになります。
航空機は近隣の空港に不時着し、ナワリヌイは病院に搬送されますが、病院の対応を不審に感じた彼の家族が、意識不明のままドイツに移送。彼はかろうじて意識を取り戻し、体内からは「ノビチョク」という毒物が検出されました。
いつ、どこで、誰が、どうやってノビチョクをナワリヌイに投与したのか、その真相に迫るチーム・ナワリヌイの機転と行動が最大の見どころです。ナワリヌイVS FSBの攻防は、下手なサスペンス映画よりもスリルがあります。
この映画は、現ロシア政権の正体を浮き彫りにするとても貴重な1本。繰り返しますが、本当に衝撃的な内容です。
今年から来年にかけて、ロシア案件、ウクライナ案件がどんどん映画市場に溢れ出しそうです。仮に、新型コロナ案件が出てきたところで、それらはもう過去のものになるかも知れません。
最後にもう一つ。ウクライナのゼレンスキー大統領が、俳優時代に出演していたドラマ「国民の僕(しもべ)」がNETFLIXで配信され始めました。日本語字幕つきです。
彼はそもそも高校教師の役。ある日、彼の語る辛辣な政府批判を生徒が動画でアップしたところ、それががバズったことが発端となって、何と大統領選に当選してしまうというドラマです。2017年に制作され、第49話まで見ることができます。
いま、テレビのニュースなどで、ゼレンスキー大統領の熱く語る姿を見ない日はありませんが、ウクライナが侵攻されてしまった事実を踏まえてこのドラマを見ると、何とも言えない不思議な感情が湧いてきます。ドラマでも大統領、現実にも大統領。どちらの世界でも、ウクライナの大統領が世界中の共感を集めています。
ウクライナ、そしてロシアの政治や文化や国民性は、日本人には分からないことの方が多いはず。ここでご紹介した映画やドラマを見ると、かなり理解に役立ちます。まさに2022年の今、必見の作品だと言えましょう。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi