コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第17回
2019年7月19日更新
現実とフィクションが渾然一体。フェイクドキュメンタリーに騙された!
今週見た映画で、かなり強烈で、しかも複雑な余韻を残した1本があったのでご紹介します。「ハッパGo Go 大統領極秘指令」です。
見る前は、そのユルい邦題に油断していましたが、映画を見始めてすぐに、私はこの母と息子の珍道中に夢中になりました。しかもしばらくの間、私はこれを本物のドキュメンタリーだと勘違いしていたのです。「ウルグアイが世界で初めて嗜好用大麻を解禁した国家になった」のは事実だし、「密輸組織を一掃したら、国内ではマリファナが供給できなくなった」というのもあり得る話だし、何しろ「世界一貧しい大統領」こと、ホセ・ムヒカその人が出演しているんですから。
途中でこの映画がフィクションであることに気づき、「ああ、このムヒカ大統領は、きっとそっくりさんなんだ」と思いながら残りを見ましたが、あとで資料を読んでみると、ムヒカ本人だと知ってさらにビックリ。
デニー・ブレックナー監督(3人いる監督のうちのひとり)によれば、「ムヒカ元大統領との出演交渉は、非常に複雑で詳細は秘密。彼のユーモアのセンスと寛大さに感謝している」とのことですが、これは本当に驚きしかありません。よくぞ元大統領を担ぎ出せたものです。
公式サイトを見ると、どこにもフィクションとは書いていません。一方で、ドキュメンタリーだとも書いていない。唯一、予告編の最後にナレーションで「この映画は、フィクションです」と語られるのみ。本編には、ムヒカ大統領とオバマ大統領の対話シーンの映像など、現実の映像も織り交ぜられて巧妙に編集されているので、内容をまるごと真実だと思ってしまう観客も少なからずいるのではないかと思います。私もまんまと一杯食わされた。
擬似的にドキュメンタリー形式で語られるスタイルの映画は「モキュメンタリー」と呼びますが、この映画もそのジャンルです。ですが「フェイクニュース」や「ディープフェイク」が話題になる昨今、「フェイクドキュメンタリー」と呼ぶ方がピンと来るでしょう。
毛色は違いますが、最近、海外の映画祭でちょくちょく、こうしたフェイクを含むドキュメンタリーに遭遇する機会が出てきました。
昨年、SXSWで見た「Social Animals」という、インスタグラマーが主人公のドキュメンタリーがあります。この映画に登場する女子は、インスタを通じてリアルなボーイフレンドができますが、ある日彼のインスタアカウントを見たら、自分以外の色んな女子とのツーショット写真や、キスしている写真がわんさか出てきた。彼女は「それらの写真を見て、深く傷つきました」と語ります。もちろん、彼とは別れたと。
問題のキス写真は、本編の中にもインスタのスクリーンショットとして登場するのですが、こういうキス写真、彼女の方はともかく、別れた彼の立場からしたら、映画で使ってOKなんでしょうか? 許諾取ったの? そんなの、普通は許諾しませんよね。
上映後のティーチインで、この件について質問が出ました。監督の答えは「もちろんそんな写真は使えません。そのキス写真は、俳優を2人雇って演じてもらったのを、撮影スタッフがインスタで撮影しました」です。
「やらせ」というか「演出」ですね。ドキュメンタリーにも、明確な演出が紛れ込むようになっている一例です。しかも製作者側は、確信犯的に「演出」を「真実」として見せようとしている節がけっこうある。
ドキュメンタリーとフィクションの境界線は、今後もっともっと曖昧になって行くでしょう。「ハッパGo Go」は、どこがフィクションで、どこがリアルか、自分の分析力を試す意味で格好のサンプルかも知れません。一連のシークエンスに映っている人物には、モザイクがかかっている人もいれば、かかってない人もいる。「この人物、俳優なの? 素人なの?」という具合に見ていくと面白い。
製作サイドからしたら、表現方法にバリエーションが増えている。しかし観客サイドからしたら、製作者の策略にハマりすぎないように(ダマされないように)注意する必要がある。
そんなことを考えながら、でも、大笑いしながら楽しんだ1本です。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi