コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第1回
2018年9月5日更新
「カメラを止めるな!」の爪痕が深い。映画ビジネスに強烈なインパクト
「カメラを止めるな!」の興行収入が、とうとう15億円を超えました(2018年9月3日現在16億2879万円)。よく他人から「映画の大ヒットって、目安的には何億円ぐらいなんですか?」と聞かれることがあるのですが、そんなとき私は「観客動員が100万人を超えたら、大ヒットって呼んでいいと思うよ」と答えることにしています。書籍やCDだったら「ミリオンセラー」相当ですね。100万人がお金を払って見たのなら「大ヒット映画」の資格は十分でしょう。興行収入に換算すると、12〜13億円ぐらい。「カメラを止めるな!」の動員数は115万人を超えたようですから、もうこれは文句なしの大ヒット映画。
今年の夏、映画業界の仲間たちとお酒を飲む機会があると、話は必ず「カメラを止めるな!」になりました。私がこの映画を見た7月中旬の時点では、飲み会の席でも半分ぐらいが「まだ見てない」状態で、すでに見た者は口を揃えて「とにかく早く見た方がいい」と。そして8月に入るとインターネットで座席指定が可能なTOHOシネマズでの上映が始まり、飲み会参加者のほぼ100%が「見たよ見たよ。満員のお客が盛り上がってたよ」となった。そして皆、熱く語り出すのです。「プロットが秀逸」とか「役者が無名なのがいい」とか「ワークショップ形式ってありだよね」とか。
「カメラを止めるな!」は、過去10年、いや20年遡ってみても、同様の事例にたどり着かないほど希有な成功事例です。「製作費300万円で空前の大ヒット」という点では、1999年の「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」を思い出しますが、あの映画は見た人が口をそろえて「カメラの手ぶれがヒドくて気持ち悪くなった」「結局、どんな映画なんだか分からなかった」というリアクションでした。つまり「見た人が他人にすすめる」というアクションには繋がっていない。「カメラを止めるな!」の場合、カメラが手ぶれしている点は同じですが、大きく違うのは、見た人が「凄く面白いから、前情報を入れないで、とにかく見に行って」と人にすすめまくるところです。結果「カメラを止めるな!」は、ふだん映画館に行かない人たちまで集客することに成功しているのです。こんな映画を、私は過去に知りません。
そんな「カメラを止めるな!」が映画業界に残した功罪はいろいろありますが、「罪」の部分は「コスト」の問題に集約できます。まずは「製作費が安くても、大ヒットする映画は作れるんだ」ということを証明してしまった。そして「宣伝費がほとんどゼロでも、映画の評判を広めることができるんだ」というのも証明してしまった。かねてより映画の仕事をしている人たちにとっては、頭の痛い話です。
そして「罪」より遙かに重要な「功」の部分。それはまず、映画作家を志す人たちに大いなるエネルギーとモチベーションを提示したこと。この映画を見終わって「何か作りたい」衝動にかられた人は多いと思います。ツイッターを見ていくと、「嫉妬しかない。オレも頑張る」と正直に吐露している映画監督がいますし、「新作のアイディアを考えずにはいられない」という漫画家がいますし、「カメラを止めるな!」のファンアートを大量にポストしているイラストレーターがいます。かくいう私も、このコラムをいきなり始めたのは「カメラを止めるな!」に刺激を受けたからにほかなりません。
SNS全盛の今、金曜日に公開された新作映画の興行の行方は、日曜日の夜には結論が出てしまう時代になりました。ツイッター民が、わずか3日で映画の評価を確定し、拡散してしまう。マーケティング本位で製作された映画に、大量の宣伝費を投下して大ヒットをもぎとるという手法が通用しなくなり、真に面白い、SNSで拡散され得る映画だけがロングラン興行を続けられるという時代です。そんな時代だからこそ、超ローコストでとてつもないリターンを記録している「カメラを止めるな!」の出現は重要でした。「大ヒット映画の正しい作り方」を示した事例として。極端な話、これからの日本映画は「カメラを止めるな!以前」と「カメラを止めるな!以降」に分類される可能性すらあります。それぐらいのインパクトを残した、歴史に残る映画だと思います。
さて、この先「カメラを止めるな!」はどこまで行くのでしょうか? 海外での展開が気になります。韓国では8月下旬から公開が始まっているようですが、他の国はどんな具合でしょう。Rotten Tomatoesをみると、投票数はまだ少ないもののトマトメーターは「100%FRESH」になっています。この夏、日本を席巻した熱狂が、じわじわと海外にも広がって行くような気がしています。
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駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi