コラム:細野真宏の試写室日記 - 第285回

2025年7月23日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)


試写室日記 第285回 「『鬼滅の刃』無限城編 第一章」は「千と千尋の神隠し」を超えるのか?

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先週末7月18日(金)から「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」が公開されました。

公開前にニュースサイトを眺めていたら、“「『鬼滅の刃」無限城編 第一章」は「劇場版『名探偵コナン』」を超えるか?”という趣旨のタイトルを見かけました。ただ私の感覚では、「鬼滅の刃」が上映される年では「名探偵コナン」が年間1位を取れない、というのがベースにあります。つまり、「鬼滅の刃」と「名探偵コナン」の興行収入は比較する意味を持たないと感じています。

未知数な面は多いのですが、私は「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」以降の「劇場版『鬼滅の刃』」の興行収入のベースは300億円規模のポテンシャルがあると考えています。

そのため、本作の比較として意味をなすのは、歴代興行収入2位「千と千尋の神隠し」の316.8億円(リバイバル上映分を加算)だと思っています。

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今回の上映では公開週末に続いて21日(月)が祝日だったので、4日間の大きな稼ぎ時がありました。

そして期待通り、週末3日間で55億2429万8500円、月曜も加えた4日間で73億1584万6800円という絶好調な数字を叩き出しています!

とは言え、劇場版第1弾となった「無限列車編」は歴代興行収入1位の404.3億円だったので、初速は前作のコアなファンを中心に爆発する面があるのです。そのため、このまま絶好調な状況が続くとは限らないことにも注意が必要です。

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では、実力が試される2週目以降の興行収入はどのようになっていくのでしょうか?

これを考える上で、象徴的な2つの論点について考察しておきます。

論点1 :「無限列車編」が歴代興行収入1位にまでなったのは、「コロナ禍の特需要因」が大きく、通常時では300億円くらいが順当だったのでは?

論点2:「無限列車編」のリバイバル上映を5月9日(金)から異例の423館で5週間限定の大規模公開したのに、「週末動員ランキングベスト10」を席巻するどころか、初週6位、以降圏外で終了。一般における「鬼滅の刃」ブームは終わっているのでは?

まずは論点1から。これは映画業界でもささやかれる論点なのですが、私は、コロナ禍という特殊な状況だから話題等が集中して興行収入が異常に膨れ上がった、というようには考えていません。

鬼滅の刃」というコンテンツの力強さには、他コンテンツの追随を許さない突き抜けたものがあるからです。

むしろコロナ禍での劇場鑑賞だったので、観客を減らした面も小さくないように感じています。席を一つずつ空ける「市松模様の対策」等をしていても、感染が怖くて劇場に行けない人も少なくなかったのでは、と。

つまり、コロナ禍にはプラス・マイナスの両方の要素があって、「無限列車編」の興行収入404.3億円は妥当な結果で「コンテンツの実力に他ならない」と私は考えています。

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次に論点2。これは「無限城編」公開に合わせて配給サイドが用意していた“気合の入ったプロジェクト”だったことは間違いないでしょう。しかし、大ヒットとはならず――この失敗の背景として考えるべきは、歴代1位の作品であっても、公開から5年も経っていない状態で大規模公開をしても、大きな実りには極めてなりにくいというものです。

目安として分かりやすいのは、「ONE PIECE FILM RED」の1カ月限定「アンコール上映」でしょう。

入場者特典等を強化してそれなりの効果を得ましたが、興行収入は6.3億円でした。

一方「無限列車編」の5週間限定「リバイバル上映」では、5週目の週末の段階で3億439万500円でした。

単純に考えると、もはや“「鬼滅の刃」は「ONE PIECE」以下の人気か?”といった話になるのかもしれません。ただ実際には、そういうことではないでしょう。

あくまで再上映という特殊な上映形態なので、それほど作品の人気とは関係がないのです。

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では、なぜ「無限列車編」が「ONE PIECE FILM RED」よりも振るわなかったのでしょうか? それは「無限列車編」における、次の「2つの建て付け要因」が考えられます。

1つ目は、見たいと思う人の背中を押す入場者特典の力の入れ方が弱かったこと。

2つ目は、鑑賞に際して劇場のポイント鑑賞や招待券、株主優待等は使用不可とハードルを上げていたこと。

以上のように、世間で不安視されている2つの論点というのは、今回の「無限城編」には基本的に関係ないと言って良いかと思っています。

そのため、本作における興行収入は、あくまで作品力によって決まると考えて良いでしょう。

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本作の「完成度」については、個人的には「無限列車編」よりも高いと思っています。

例えば、「無限列車編」における最大の見せ場は終盤の猗窩座との戦い。あの作画のクオリティーの高さは、どんな作品でも届かないようなハイレベルなものでした。

ところが、「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」で驚くのは、そこかしこに「無限列車編」のクライマックス級のシーンが登場するのです!

しかも、作画自体も「無限列車編」の時よりも上手くなっていたりと、スタッフ自体の進化さえ起こっているのです。

カット数が大幅に増えているにもかかわらず作画の統一性などを前作より丁寧に追求していたことにも驚かされます。象徴的な話で言うと、これまでの2Dアニメーション映画では、どんな作品の主要キャラクターでも小さな人物の顔は、点で済ませるような状況でした。ところが、本作では「妥協なく細かい表情もキチンと描かれた初めての作品」になっているのでは、と感じました。

このように、作画においてはどんな作品にも負けない、文字通り「現時点最高峰の作品」だと言えます。

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残るはストーリーでしょうか。

これは「無限列車編」の方が「シンプルで盛り上がっていく作品」で、いろんな意味で「分かりやすい作品」でした。

一方、「無限城編 第一章」の場合は、映画館での感想を聞いていると、「もうずっと泣きすぎて涙が左からしか出なくなっていた」など、人によって泣くシーンがいくつもあるくらいに「密度の高い作品」になっているのです。

ちなみに、作品を盛り上げる主題歌も「無限列車編」では良さがすぐに伝わるような楽曲でした。

一方「無限城編 第一章」は内容が盛りだくさんでそれぞれのシーンに良さがあるなど一本道ではなく、主題歌も複雑さを持ち合わせた作品に溶け込む独特な作りになっているのです。

そのため、主題歌自体は「無限列車編」の時のようには大ヒットしないと感じます。

以上のように「無限城編 第一章」と「無限列車編」では意外と異なる要素が多いのです。

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2週目以降に大きな変化が起こるのかもしれませんが、私は作品の完成度を踏まえて、「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」の興行収入はさほど落ちずに伸ばし続け、歴代2位の「千と千尋の神隠し」を超えると思っています。

ただ、歴代1位の「無限列車編」の404.3億円(リバイバルを加えた407.3億円?)まで行けるのかは現時点では未知数なのでしょう。

「無限城編 第一章」は「無限列車編」ほど分かりやすい作品ではないのかもしれませんが、「密度が高い」ぶん、また違った魅力を放っているので前作超えもないとは言えません。

夏休み本番における全国劇場の座席配分も含め、果たしてどこまで行けるのか大いに注目したいと思います!

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!

Twitter:@masahi_hosono

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