コラム:細野真宏の試写室日記 - 第23回
2019年3月27日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第23回 「記者たち 衝撃と畏怖の真実」。映画は後世に語り継ぐべき真実を伝える重要な手段 前編
2019年3月8日@アスミック・エース試写室
世界で「9.11」という数字の意味を知らない人はいないだろう、と思うほど、やはりアメリカという国は世界の中心なのだろうと思います。
ただ、人間の記憶というのは本当に都合がよく出来ているようで、「9.11」のすぐ後にアメリカが起こした大量殺害の話は、すっかり忘れ去られている気がします。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件から、なぜアメリカ政府が「イラク戦争」を起こして数万人にも及ぶような死者を出さなければならなかったのか。今週末の3月29日から公開される「記者たち 衝撃と畏怖の真実」は、「ナイト・リッダー」という“30紙以上の地方新聞を傘下に持つ新聞社”の4人の記者たちが、その謎を追いかけていく実話です。
本作が非常に意義深いのは、日本も賛同した「イラク戦争」というのは、すでに証明されていますが、実はアメリカ政府の「でっち上げの事実」に因るものだったことを明かしているのです。そして、ある意味では「9.11」と同じかそれ以上に重要な、この「絶対に忘れるべきではない歴史の教訓」についての真相を、最初から最後まで追究し続けた記者たちの行動から、鑑賞する私たちが「追体験できる」ようになっていることです。
「9.11」が起こった後のアメリカのブッシュ大統領は、突然「悪の枢軸」といった言葉を使い出して、イラクが核爆弾などの「大量破壊兵器」を持っている、と言い放ち、「9.11」の黒幕は(石油大国の)イラクのフセイン大統領だと決めつけました。
ただ、その証拠は全くウラが取れない情報ばかりなのです!
そこで、「ナイト・リッダー」は当然のごとく、そのウラを取ろうと必死に動くのですが、ニューヨークタイムズやワシントン・ポストといった大手新聞社はアメリカ政府の主張に追随するようになり、文字通り「孤軍奮闘」のような状況で真相を追い続けるわけです。
そして、苦労を重ね、内部から様々なリークを引き出すことに成功し、真相に近づいていきます。
実は、この映画は、今だからこそ注目して見るべきポイントがあるのです。
さらに言うと、こういう「贅沢な見方」をできる私たち日本人はラッキーだとも言えるのです。
それは、日本の場合(おそらく単なる偶然の産物なのだと思いますが)来週には、アカデミー賞やゴールデングローブ賞の主要部門に多数ノミネートされ、受賞もして大いに話題となった映画「バイス」が公開されるからです。「バイス」を見れば、この「9.11」から「イラク戦争」までのアメリカ政府の動きを、当の黒幕本人である「バイス・プレジデント」(副大統領)の言動から知ることができるのです。
つまり外部と内部の“両面”から、あの「歴史的教訓」の真相を見ることができるわけです!
本作「記者たち 衝撃と畏怖の真実」では、暗中模索の状態で取材が続けられていますが、「ディック・チェイニー」という人物の名前だけは見逃さず注目しておいてください。
「ディック・チェイニー」というのは、ブッシュ政権下の「副大統領」で、映画「バイス」の主人公でもあるのです。
本作「記者たち 衝撃と畏怖の真実」は、公開館数が25館という規模ですが「絶対に忘れるべきではない歴史の教訓」を確認し、改めて「映画の意義」を噛みしめるためにも、ぜひ見ておいてほしい作品です。
ちなみに、本作は俳優陣も特徴の一つです。まず「ナイト・リッダー」の4人の記者のうち、ワシントン支局長をロブ・ライナーが演じています。彼は本作の監督でもありますが、今年日本版のリメイク作品が吉永小百合×天海祐希W主演で公開される「最高の人生の見つけ方」のハリウッド版の監督としても有名です。残りの3人も、もはや日本ではCMなどで有名過ぎて説明不要なトミー・リー・ジョーンズ、「スリー・ビルボード」でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたウッディ・ハレルソン、「X-メン」シリーズなどで知られるジェームズ・マースデンが演じ、さらにその4人を支える女優陣もミラ・ジョヴォヴィッチ、ジェシカ・ビールという豪華な顔ぶれです。
さて、ここからは、改めて「映画の意義」と「現代の社会の現実」について少し考察してみたいと思います。
通常「歴史的教訓」といった重い言葉にふさわしいのは、日本がアメリカから核爆弾を投下された「第2次世界大戦」などのような“昔の出来事”と思われがちですが、ここに注目するべき点があります。メディアやSNSなどがより発達した「近年」に、このような「あり得ない大事件」が平然と起こっている事実に、もう少し私たちは敏感になってもいいのでは、と思います。
例えば、イラクは突然「核爆弾」などの大量破壊兵器を持っていると決めつけられ、戦争を仕掛けられ、壊滅まで追い込まれたのです。
そして、イラク全土を手中に収めたアメリカは、いくらでも「核爆弾」などの大量破壊兵器を見つけることができたはずですが、実際には「一つも出てこなかった」わけです。
こういう訳の分からないことが、なぜ起こり得るのでしょうか?
実は日本も、決して他人事ではないことを簡単に紹介しておきましょう。
すぐには信じられないかもしれませんが、ここ1年くらいが顕著で、「日本のメディア」から、日本がまるで「イラク戦争前のイラク」のような存在にされてしまいそうな報道が続いています。
例えば、ほとんどの新聞が「日本が原子力発電で使用した使用済み核燃料をリサイクルした後のプルトニウムは、核爆弾6000発分もある」「日本は世界でも屈指のプルトニウム保有国」「日本はごく短期間で核兵器を保有できる状況にある」などと大きく報道しています。
ただ、これらはいわゆる「フェイクニュース」のようなものであって、こういう“雑な報道”から、近年でさえも(もう生み出してほしくない)「歴史的教訓」が生まれてしまう片鱗が垣間見え、深刻さを感じてしまいます。
「事件は、過去ではなく、現在で起こっている!」という、一つの象徴的な事例でしょう。
簡単に解説すると、これらの報道は、プルトニウムの種類の時点から考察を間違えています。
確かに新品のプルトニウムがあれば、大量破壊兵器である「核兵器」を理論上、作ることは可能です。
ところが、日本が持っているプルトニウムは、新品どころか原子力発電で3、4年も使い古された中古のプルトニウムなのです。
一般に「核爆弾」というのはプルトニウムが8キログラムあれば1つ作ることができるので、47トンもあれば、確かに核爆弾を計算上では6000発くらい作るのは可能でしょう。
ただ、実際には中古のプルトニウムなので、ちゃんと爆発してくれるかさえも怪しい「なんちゃって核爆弾」のようなものがせいぜいで、ニュースで伝えられている「実用的な核爆弾」なんて作ることは無理なのです。
さらに言うと、日本にあるプルトニウムは単体では存在しておらず、すべてリサイクルのためウランと混ぜてあるので、プルトニウムだけを取り出すこと自体が不可能なわけです。
このように、ちょっと検証すれば「フェイクニュース」であることに気付けるのですが、今回映画になったアメリカの新聞だけの話ではなく、まさに「今の日本」も同様の構造にあることを同時に知っておいてほしいのです。
最後に、少し悲しい現実ですが、2003年5月にジョージ・W・ブッシュにより「大規模戦闘終結宣言」が出た「イラク戦争」において「ナイト・リッダー」は正しい報道をし続けて名を上げました。日本人にはほとんど馴染みのない新聞社なのかもしれませんが、海外では「ナイト・リッダー」のように国内外各地に名称の違う新聞社をいくつも経営する「新聞チェーン」という形態があるのです。ちなみに「ナイト・リッダー」は当時、業界2位の規模だったのですが、経営難から2006年に買収金額45億ドル(約5300億円)で身売りしてしまいました。寂しいことですが、やはり新聞のマーケットは、日本だけではなく世界中で厳しいようですね。
次回は、本作の“姉妹作”とも言える話題の映画「バイス」について取り上げることにします。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono