コラム:ニューヨークEXPRESS - 第17回
2022年8月23日更新
ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
第17回: SNSで交流していた女性は父親のなりすまし!? SXSWが注目した“実体験コメディ”製作秘話
毎年3月、アメリカのテキサス州オースティンで行われる音楽祭、映画祭、インタラクティブフェスティバルを組み合わせた大イベント「SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト」。今回紹介するのは、同イベントで審査委員賞、観客賞を受賞した話題作「I Love My Dad(原題)」だ。
本作は、主演・脚本・監督を務めたジェームズ・モロシーニの“実体験”を映画化した作品。自殺未遂を起こし、ようやく精神科での治療を終えたフランクリン(モロシーニ)。彼は、長年疎遠だった父チャック(パットン・オズワルド)をSNSで“ブロック”したばかり。しかし、チャックは息子との関係を続けたいあまりに、オンライン上でウエイトレスの女性ベッカ(クローディア・スルースキー)になりすます。そのことが原因となり、思わぬ方向に事態は動き出す。
アメリカでは、SNS上で架空の人格、偽の個人情報を作り、他人を騙すことを「Catfishing」という。そんな題材を映画に結びつけたモロシーニ監督に話を聞くことができた。
「アメリカン・ホラー・ストーリー」シリーズ、ドラマ版「リーサル・ウェポン」シリーズへの出演でも知られるモロシーニ。監督としては、友人に“3Pセックス”を提案して巻き起こるぎこちない関係をとらえた「Threesomething(原題)」を手掛けている。
まずは「I Love My Dad(原題)」の製作経緯について尋ねてみると、実父の胸の内を理解したかったという思いがあったようだ。
「父親が架空のプロフィールを作成していた。そんな父親の内面は、一体どんなものだったのだろう……僕自身が父親の視点を理解するうえで、今作の製作は“共感できる”良い訓練になったと思う。ひとつのアイデアが映画として大きく膨らんでいった。もちろん、映画の中には、僕が探求したかったその他のことも多く含まれている。『間違ったことをしているが、自分の中ではそれが正しいと信じ込み、物事に取り組んでいる』というアイデアに興味を持ったんだ」
驚くべきことに「SXSW」上映後のQ&Aには、チャックのモデルとなり、モロシーニ監督の実の父親が参加している。前述の通り、モロシーニ監督に対して、実際に「Catfishing」を行っていた人物だ。
「父は、約500~600人の観客がいる『SXSW』で、本作を初めて鑑賞したんだ。僕は父と一緒に、たくさんの映画を見て、育ってきた。(ドラマでは)『となりのサインフェルド』もよく見ていたね。僕のユーモアセンスの多くは、父からきている。だから、父に映画のセンスを褒めてもらい、彼なりのやり方で映画を後押ししてもらうことは、本当に意味があることだった。紆余曲折があって、一周して、元に戻った感じだ(笑)。作品に込めた思いを、父が理解してくれてよかったよ」
個人体験の映画化――まさにパーソナルな作品だ。製作資金はどのように集めたのだろう。
「根底にあるテーマに共鳴してくれる製作パートナーを見つけたんだ。それは、愛する人と繋がりを持とうとすることと同様だ。幸いなことに、僕のアイデアを支持する、パットン・オズワルト、リル・レル・ハウリー、レイチェル・ドラッチ、クローディア・スルースキー、エイミー・ランデッカーといった素晴らしい俳優をたちが集まってくれた。彼らは、台本を信頼し、僕の過去作を見て好きになってくれた。あとは同じビジョンを持って、全員(=俳優、スタッフ)が協力していけるかが重要になった」
演技派のパットン・オズワルトは、父チャック役にぴったりだと思わせるほどの魅力的な要素がある。
「パットンは、どんなことでも面白くできる素晴らしい能力を持っていて、やること全てに多くの“心”をもたすことができる。僕が監督として伝えたいと思っていた手法を、感情的に把握し、(的確に観客へ)伝える能力を持っているんだ。それらの資質は、チャックという役柄にとって重要だと思った。パットンも、そんな素材(=チャック役)に共感を持ってくれるとわかっていたんだ」
スルースキーは、YouTuberとして活躍し、現在は女優業に進出。歌手ビリー・アイリッシュの兄フィニアス・オコンネルの恋人としても知られており、オコンネルはスルースキーのYouTubeチャンネルに頻繁に出演している。モロシーニ監督は、スルースキーのキャスティング秘話についても語ってくれた。
「ベッカ役のオーディションはかなりの頻度で行い、そこでは素晴らしい女優たちに会えた。でも、最終的には製作過程で非常に意欲的であり、献身的な協力者だったクローディアを選ぶことになったんだ。彼女は、このプロジェクトに自分の全てを注ぎ込んでくれたし、出会った瞬間から、役を完璧に演じられるだろうと確信していた。ウエイトレスのベッカという存在している人物を演じているものの、フランクリンにとっては“会ったこともない女性”だ。さらに言えば、フランクリンと交流している瞬間は、彼の父チェックが“演じている”ということも意識しなければいけない。共演者の仕事の多くは、スルースキーがどの瞬間、どのキャラクターを演じているのかをしっかりと分けてあげることだった」
では「SXSW」の2冠は、モロシーニ監督のキャリアにどのような影響を与えたのだろうか。
「『SXSW』は、お気に入りのフェスティバルのひとつだ。彼らはリスクを恐れずに、画期的で、へりくだっていないストーリー構成の作品を選んでいる。だから僕はいつも『SXSW』で映画が上映された多くのフィルムメイカーを尊敬してきた。今年の『SXSW』には、素晴らしい(フィルムメイカーの)仲間がいた。だから、観客や審査員の反応は、僕にとっては最も重要なことだった。そして、今作への反響によって、次のプロジェクトへの扉は間違いなく開かれた。この勢いが、次の挑戦につながることにも興奮している」
現在は2、3の脚本の準備ができているというモロシーニ監督。「そのうちのひとつを近日中に撮影する」と最後に教えてくれた。
筆者紹介
細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。
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