コラム:人間食べ食べカエル テラー小屋 - 第56回
2024年9月4日更新
ホラー映画の編集に携わる者が次第にヤバくなっていく。刺さる人には大いに刺さる一本「映画検閲」
ホラー映画の中でも残酷描写をウリにした作品は、人々に悪影響を与えるということで、公開前に検閲して暴力的・残忍なシーンがカットされていた時代があった。過去形で書いているが、実はつい最近も、国内の某配信サービスで配信されたホラー映画の残酷なシーンがまるっとカットされていたという事態も起きているので、今も日本を含めた世界各地でこういった検閲が行われている状況に変わりはない。そりゃいろいろ事情はあるのだろうけども、観る側からしたら本来あるべきシーンが削られているのは勘弁してほしいという気持ちがある。
本作は、映画内の暴力的・残酷な描写を検閲して、公開前にカットする仕事を生業とする女性イーニッドが主人公である。彼女は日々様々な映画(オープニングシーンではドリラーキラーなんかも出てくる)を鑑賞し、徹底的にグロシーンを削る。そんな主人公は過去にある経験をして、トラウマを抱えていた。それは妹の失踪だ。森の中で2人で遊んでいたら、妹が姿を消してしまった。それ以来ずっと行方不明のまま。それは自分のせいだと思い込み、今もどこかで生きているのではないかと淡い希望を持っている。そんなある日、いつもどおり作品をチェックしていると、そこに成長した妹と思しき女優の姿が映る。それ以来、妹の影を再び追うようになり、やがて現実と虚構の境目があいまいになっていく……。
本作は1980年代のイギリスが舞台。当時、サッチャー政権下において、主にホラー映画に対して徹底した検閲が行われていた。そして、この対象となった作品は「ビデオ・ナスティ(ナスティ・ビデオ)」と呼ばれていた。
そんな中で日々仕事をするイーニッドは、腹の内に抱えているものが相当あるようだが、それを表に出すことはほぼ一切ない。まるで彼女がホラーの残酷シーンを切り取るかのように、誰からも見えないよう自身の中に封じ込め続けている。だがそれが、1本の作品との出会いをきっかけにして、少しずつ噴出して彼女を蝕んでいく。やがて、映画の世界の中に迷い込んだかのように超常的な出来事も起き始める。現実が侵食され始めてからのサイケデリックな色遣いと幻想的なビジュアルに引き込まれること請け合いだ。映像を通して、観客は主人公と同じように異世界へと誘われてしまう。
次第に追い詰められ、正気を失っていくイーニッドの姿を通して描かれる抑圧と開放。そして検閲に対するホラー映画からの応答。メッセージの解釈と考察の余地を残す作風が印象深いが、それだけではなくしっかりとホラー描写を盛り込み、時には残酷なショックシーンも見せてくれるのも嬉しいところだ。見世物的なホラーとしても非常に楽しめる作品であることは間違いない。
そして、終わり方も非常にクールだ。これぞまさに映画検閲!! ホラー映画の編集に携わる者が次第にヤバくなっていくという点でスプラッターホラーの名作「エヴィル・エド」を思い出すが、超アッパー系バカクレイジーなあちらの作風とは真逆をいく本作のドス暗い狂気も素晴らしい。間違いなく人を選ぶ作品ではあるが、刺さる人には大いに刺さる一本。本作の奥底には何が込められていたのか。是非その目で確かめてみてほしい。
オソレゾーン配給作品「映画検閲」は、9月6日(金)より新宿シネマカリテほか全国公開。
筆者紹介
人間食べ食べカエル(にんげんたべたべかえる)。人間食べ食べカエルです。X(旧Twitter)で人喰いツイッタラーをやっています。ID @TABECHAUYOで検索してみてください。WEBや誌面で不定期に寄稿をするほか、新作へのコメントなどを書いています。好きなジャンルはホラーとアクションで、特にモンスターに人が食べられるタイプの映画に目がありません。「ザ・グリード」に出てくる怪物を目指して日々精進しています。どうぞよろしくお願いします。
Twitter:@TABECHAUYO