コラム:若林ゆり 舞台.com - 第98回
2021年6月8日更新
デビューして18年という若きベテランだが、その割に舞台への出演は少なく、今回が4度目。避けてきたというわけではなく、ずっとやりたかったそう。
「舞台は感情が途切れず、始まってしまえばほぼほぼその人の感情のままいられるというのが、演じる側にはとても親切な環境だと思いますね。私は映像ももちろん大好きですが、映像では『カット』がかかったらそこで一旦終わり。舞台は始まったらずーっと続きますし、自分がやったことに対してのお客様の反応がすごくリアルなので、それを生で浴びられるのはすごく贅沢。それを体感するのは『気持ちいいなー』って。快感でした」
揺るぎない声の印象もあり、演技における“絶対音感”を備えていそうな安定感が、伊藤には感じられる。ところが、本人は「映像とかで自分の芝居を見ると、吐き気がするんです。『キモッ!』って思っちゃう(笑)」とは、自己評価が低すぎである。
「見るたびにいつも『なんで? 何してんの? こっち来い! 説教してやる』って思うんですよ(笑)。よかったって言ってもらえるとしてもまぐれですし、終わった後は毎作品『ああ、こうすればよかった』ということの繰り返し。その点でも舞台はいいですよね。『昨日、ここできなかったから今日はこうやってみよう』というのが可能だから。『できなかった』というのは絶対アウトなんですけど。でも、『昨日はここでわかりづらい言い方になっちゃったからもうちょっと丁寧に言ってみよう』とか。ずーっと『もっとよくしよう』が続くというのが、いい時間ですね」
そうは見られないが「緊張しぃ」で「人見知り」だそうだが、9歳でいきなりドラマデビューをした時から、演技は楽しいと思えた。
「最初は、『すごく設定を細かくつけられたごっこ遊び』くらいにしか思っていなかったんです。でもごっこ遊びが本当に好きで、要は『クレヨンしんちゃん』のネネちゃんだったんですよ(笑)。『じゃあ私はOLだけど、けっこう疲れてて』とか、『残業続きでいいかげん嫌になってる人』とか設定を考えて(笑)。兄(お笑いコンビ『オズワルド』の伊藤俊介)も表現する仕事をしていますが、兄も私もゼロイチ=“0から1を生み出す”っていうのが苦手なんです。でも『1をどうにかして面白くしよう』とか『深くしていこう』というのは好きなんですね。だから、ゼロイチは用意していただいて、そこからを自由にできるというのは性に合いすぎかと(笑)」
最近ではエッセイ本「【さり】ではなく【さいり】です。」(KADOKAWAより6月10日発売)を執筆。言葉への愛に気づいたという。
「それまではなんとなーくでやり過ごしたり通り過ぎたりしていた過去が、いざ向き合ってみると『意外と苦しかったんだ』とか、『触ると痛いものだったんだ』ということに気づけたのは、面白くもあり、結構苦しい経験でもありました。声についてのコンプレックスとか。でも文章を書くのは意外と好きなんだなと自覚できましたし、言葉がとにかく好きなので、言葉に触れるお仕事は今後もしていきたいと思います。ナレーションなども含めて。何よりもお芝居は言葉と戯れている時間が長いので、そこでも『自分に合った職に就けたな』と思います」
映画好きで知られる伊藤は、好きな映画についても語り出したら止まらない。
「伏線回収、この四文字が大好物です(笑)。『フィッシュ・ストーリー』など、伊坂幸太郎さん原作の映画は全部好き。『あ、こうだったんだー!』と驚くのが好きなんです。古沢良太さん、三谷幸喜さんや宮藤官九郎さんの作品も大好きですね。笑えるのに泣けるとか、スカッとするけど胸くそ悪いとか、相対する両面を持ち合わせているものが好きなんです。洋画だったら絶対、ジム・キャリー。『ふたりの男とひとりの女』と『ディック&ジェーン 復讐は最高!』、『トゥルーマン・ショー』と『イエスマン “YES”は人生のパスワード』は一生見ていられます。『トゥルーマン・ショー』なんて最初の方は死ぬほど笑ったんですけど、後々になると全然笑えなくなっていって。そうなってくると、2回目に見る時は最初からずーっと胸痛い、みたいな。その両極がいいんですよ」
ふむふむ、伊藤の好みを聞いていると、蓬莱竜太、そして「首切り王子と愚かな女」も、まさにドンピシャに違いない。
「蓬莱さんは、わざわざ貼ってあるバンドエイドを剥がして傷触るじゃないですか。絶対Mだと思うんですよ(笑)。それが見ていて面白い。そういうのってありますよね、血が出ると痛々しいけれどちょっと面白いとか(笑)。そういうのが人間っぽくて好きなんです。きっと一度にいろんな味がする、おいしい作品になると思います」
パルコ・プロデュース「首切り王子と愚かな女」は6月15日〜7月4日に、東京・PARCO劇場で上演される。以後、大阪、広島、福岡公演あり。詳しい情報は公式サイト(https://stage.parco.jp/program/kubikiri/)で確認できる。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka