コラム:若林ゆり 舞台.com - 第97回
2021年4月15日更新
劇中に、とても印象的な言葉が出てくる。近松門左衛門が唱えた「虚実皮膜」という芸術論。「本当に素晴らしい芝居は虚構と現実の微妙な境目にある」という意味だ。昭和を生きてきた並木と中井の間にも、この「虚実皮膜」が存在するのではないか。
「それは確かにあります。時代が流れているということって若い時には感じないんですけれど、60代に近づこうとしている自分たちの世代になると、『あ、時代って本当に流れているんだ』ということを痛感するようになってきて。僕たちの商売って、若い世代が主軸になって動かそうとする業界なんだということがわかってくるんですよね。じゃあ今、この時代に僕らができることは何なのか。流されているんじゃなくて、それを考えなきゃいけない世代になったんだと思っているんです。今だから考えられるし、僕の演じる並木も、ちょうどそこにさしかかっている。家族のことも含めて、考え直していくべき時期に来ているというところは、僕自身とクロスする部分があるように思いますね」
映画はデジタル時代に突入してすっかり様変わりした。だが、この作品では古い映画館の存在が、70ミリフィルムが映写されていた映画全盛期への郷愁をかき立て、古き良きものの価値を再確認させてくれる。
「僕たちの子どもの頃って、路面の映画館がすごく多かったですし、映画館に行くのがとても特別だった。当時は日比谷に映画を見に行くというと、映画館街を歩いて『あれを見よう、これを見よう』とワクワクする、とても“おでかけ感”のある時代だったと思うんですよね。今も劇場や映画館は、僕にとってワクワクする場所です。でも今は映画をデジタルや配信で見るのが当たり前になって、フィルムがアナログって言われる時代になっちゃいましたから。僕もさびしいと思っていますよ。テレビにしても、どうして時代劇が衰退してしまったかというと、フィルムで撮らなくなったからだと僕は思っているんです。フィルムの良さって、虚実皮膜を映すところじゃないかと。つまりフィルムがリアルをオブラートで包んでくれる、そういう効果があった。それがデジタルですべてがクリアになることによって、嘘が嘘ではなくなってしまうんです。僕らのやっている仕事って、『嘘なんだ』という大前提で行われなきゃいけないものでしょう。その中で、僕らはどうやって抵抗していくか。その抵抗が、(クエンティン・)タランティーノにとってはフィルム撮影だったりするわけで、僕らも抵抗していかなきゃいけないと思いますね。『僕らのやっていることは嘘なんですよ』ということを、僕は演じることによって明確にしていきたい」
そして今、中井がよく考えているのが“家族”ということ。幼い頃に亡くした父親(映画スターだった故佐田啓二さん)を意識して作っているわけではないというが、家族を大事に思う彼の気持ちが作品には色濃く反映されている。
「今、『国が何をしてくれるのか』とか『国が国民を守るのは当たり前だろう』という意見が多くなってきている気がします。でももっと主体的に、自分たちが自分たちの命を守ろうとすることが大事だと思うんですよね。“国があって国民がいる”という考え方ではなくて、“国民がいるから国家があるんだ”という考え方に変えていかなきゃならない。それは、社会を構成しているのは“家族”という小さな単位だから。『“家族”という単位がいちばん大事なんだ』ということを、この2~3年くらいずっと思っているんです。だから“幸せな家族の話”よりも、“何かを抱えたそれぞれがいる家族”がそこに存在していくことに意味があると思った。家族がみんな、後悔しないように生きて行くにはどうすればいいのか。それには『あの時、電話を取っていれば』『あの時、話していれば』ということではなくて、『今、やれることは』と考えることが大事だと思うんです。特にコロナ禍という時代の中で『今やれることをやりましょう』というメッセージを、この作品を通して送れればいいな、と思っています」
PARCO劇場オープニングシリーズ「月とシネマ-The Film on the Moon Cinema-」は、4月17日~5月9日に東京・PARCO劇場で、5月12~16日に大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホールで上演される。詳しい情報は公式サイト(https://stage.parco.jp/program/mooncinema)で確認できる。
※4月13日追記
4月12日に行った新型コロナウイルスのPCR検査で、貫地谷の新型コロナウイルス陽性が判明。4月17日〜28日の公演を中止することが発表された。30日以降の開催状況、チケットの払い戻しなどの詳細については、公式サイトおよび公式SNSで発表される予定だ。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka