コラム:若林ゆり 舞台.com - 第93回
2020年12月4日更新
第93回:宮本亞門が愛する映画「チョコレートドーナツ」の舞台版で東山紀之に見た“孤高”とは?
映画界では時々、ちょっと地味なのに映画ファンの熱意と口コミによってヒットを飛ばす作品が現れる。2014年に日本で公開された「チョコレートドーナツ」も、まさにそんな映画。公開当初はたった1館でスタートしたのに、あれよあれよという間に上映館数は140館まで広がり、ロングランヒットを記録したのだ。
物語は魂を寄せ合う3人がたどる、切なくも異色のラブストーリー。1970年代末、歌手を夢見ながら口パクのドラァグクイーンとして日銭を稼ぐゲイのルディと、隠れゲイとして生きてきた検察官のポールが恋に落ちる。ふたりはダウン症のある孤独な少年マルコに愛情を抱き、家族になろうとするのだが、3人の愛は偏見と差別に引き裂かれてしまう……。ルディを演じたアラン・カミングが最後に見せる絶唱が、見る者の心を揺さぶる珠玉作だ。
この作品が、舞台になる。演出は、これまでミュージカルからオペラまでさまざまな舞台を手がけ、ブロードウェイでの演出作品(「太平洋序曲」)がトニー賞候補になった経験もある、宮本亞門だ。彼にこの作品への思い、コロナ禍におけるエンタテインメントへの熱意を語ってもらった。
宮本と映画「チョコレートドーナツ」との出合いは、日本公開の時。コメントを求められて鑑賞し、「非常に感銘を受けた」そう。
「メインで描かれている3人がマイノリティばかりなので、一見『かわいそうな人たち』というくくりになりがちな映画だし、正直に言うと、ヘビーな展開です。でもマルコ役のアイザック・レイバが見せる笑顔は印象的でしたし、アラン・カミングのあまりにも素晴らしい、『命を削って演じているな』と感じさせる演技には目を見張りましたね。人間ってここまで無心になれるんだ、『この子を守りたい』と思ったらここまで突っ走れるんだと。周りからは反対されて、勝ち目もないのに。そういう設定が僕は元々好きで、キュッときちゃうんです。『バベットの晩餐会』もそうだったけど、痛みをもつ人が誰かのために自分を犠牲にしてまで必死でがんばって、次々と目の前に高い壁が立ち塞がるんだけど、それを『まだ越えよう、まだ越えよう』としている姿に感動してしまう。だからアラン・カミングが演じたルディの姿には、ものすごく胸を打たれました」
舞台化のオファーを受けたときは、もちろん「ぜひ、やりたい!」と手を挙げた。
「もうアメリカで誰かが舞台化していると思ったら、まだだというので驚きました。それで、ちょうど来日していたトラビス・ファイン監督と京都で会って。すぐに意気投合しました。映画の印象から『ルディのように痛みをもった人なのかな』と思っていたら、大らかに話す人でね。繊細で優しくて、明るくて。ゲイではなくストレートなんですけど、いろんな人間に興味を持っている人。『ぜひ君にやってほしい』と言ってくれて。なんだか昔からの友だちみたいな気がするほど心地よく、楽しい時間でした。それから6年もかかっちゃったんですが、やっと実現できます」
カミングが渾身の演技を見せたゲイのパフォーマー、ルディ役にあたるのは、東山紀之。脆さも惨めさも見せる熱い人物に、クールでカッコいいイメージしかない東山とは意外な気もするが……?
「僕も最初は意外でした。東山さんにはどうしてもスッとした、クールな印象があったので。でも彼は、この台本を読んで興味を持ったという。映画のカミングを見たら、この役をやることに怖じ気づく人もいると思うんですよね。しかもこれ、汚れ役ですよ。それを承知で彼は受けた。会ってみると、とても正直なんですよ。話していたら、思った以上にクールではない部分が見えてきました。自分の女装した写真を見て母親に似ていると思ったとか、いろいろな経験や感情をさらけ出してくれた。そして稽古初日から、これは生半可じゃないなという覚悟を見せてくれています。彼はそんなに表情が出るタイプではないので、マスク越しだとわかりにくいんですが(笑)、とにかくあたたかいんです。ジャニーズの後輩たちがあれだけ慕うのもわかる。後輩たちの面倒を見たり、みんなを思って『がんばろうよ』と励ますところもあるし、それでいて変にベタつかない。そういう“孤高”という感じがルディと似ているなと思います。『どうしてそんなに苦しみ悩みながら、ひるまずに進み続けるの?』と思わせるものが、東山さんにはあるんですね」
映画でギャレット・ディラハントが演じたポールには、谷原章介。
「谷原さんのポールを映画より若くして、ルディより7~8歳年下という設定にしています。なぜなら谷原さんは聡明な方で落ち着いているので、ヘタをするとルディよりしっかりして見えちゃうんですよ。ポールは悩める思春期みたいに自分が出来上がっていない、不安定な役なんですけど、谷原さんはかなり出来上がっていらっしゃるから(笑)。もっと悩んでいただきます」
マルコ役(ダブルキャスト)には、ダウン症のある子役のふたりをオーディションで選出した。
「ダウン症のある子たちって発想が自由でユニークで、さびしそうな子が多いのかなと思ったら、まったく逆。それは楽しそうで、みんなキャッキャと騒いで、遊園地みたいなオーディションでした(笑)。この役であんまり元気がありすぎても困っちゃうんですけど。今回、演じてくれるふたりは正反対で、丹下開登くんはちょっと内向的な恥ずかしがり屋さんだし、高橋永くんはすごくオープンな子。それぞれの表現でマルコを演じてくれています。この子たちは僕らが想像するような演技をしないんですよ。それがかえって魅力的で生々しく、ストレートにポンと響くことがあるんです。彼らには計算なんかないですからね。気持ちでやるから。よくいる“器用な子役”とはまったく違う、純粋無垢な魅力があるんです」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka