コラム:若林ゆり 舞台.com - 第84回

2019年12月2日更新

若林ゆり 舞台.com

第84回:松本幸四郎が構想30年の“チャップリン歌舞伎”で、“ナウシカ歌舞伎”に宣戦布告!

12月の歌舞伎界は、熱い。歌舞伎の新しい可能性に挑もうとする冒険心旺盛な俳優の挑戦が華やかに出そろうのだ。新橋演舞場では、尾上菊之助宮崎駿によるジブリ映画の原作を歌舞伎化した「風の谷のナウシカ」。歌舞伎座では、坂東玉三郎が白雪姫を演じる「本朝白雪姫譚話」。そして国立劇場で松本幸四郎が挑むのは、チャールズ・チャップリンの「街の灯(1931)」を歌舞伎化した「蝙蝠(こうもり)の安さん」だ。

幸四郎にとっては念願の企画である。始まりは30年近く前。歌舞伎俳優の写真集を見ていて、1枚の写真が目に留まった。それは、1931年に初演された「蝙蝠の安さん」のもの。“蝙蝠の安”は実在の人物なのだが、「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」に、主人公・“切られ与三郎”こと伊豆屋与三郎のごろつき仲間として登場する。頬にコウモリの入れ墨をもつ、有名な脇役だ。

「『へえ、蝙蝠安を主人公にしたお芝居があるんだ』と思って見ていたら、キャプションがあって。『チャップリンの街の灯を元に書かれた』と書かれていたので、『チャップリンが歌舞伎になっていたんだ!』と驚きましたねぇ。チャップリンと歌舞伎に繋がりがあったことに興味を持って、いつかこれをやれたらいいな、と長いこと夢見てきました。この歌舞伎は映像では残っていませんが、同じ題で映画(『街の灯(1974)』)になっています。チャップリンの放浪者が蝙蝠の安さんというキャラクターに、非常にうまく置き換えられているんです」

撮影:若林ゆり
撮影:若林ゆり

幸四郎は、子どもの頃からチャップリンが大好きだったという。

「当時は、チャップリンの映画をよくテレビでやっていましたから、録画して何度も見ていました。身体を使って面白いことをする彼の芸を『すごいな、面白いなぁ』と思って。でも今見ると『モダン・タイムス』なんかは風刺がきつくて、かなりエグいですね(笑)。萩本欽一さんや『ザ・ドリフターズ』も影響されたと言われていますが、僕は“計算された喜劇”という部分に興味があります。例えばカフスに書いた歌詞が飛んで行っちゃった、なんていうところは、いくら映像マジックがあっても、身体能力が高いチャップリンが実際にできなければ成り立たないし、計算されていなければできないものですよね。計算があって面白い、というところが好みなんです」

チャップリン自身も歌舞伎好きで、少なからず影響を受けていたという。チャップリンが歌舞伎座で楽屋を訪れ、幸四郎の曾祖父、松本幸四郎(7代目)と笑顔を交わす写真も残っている。縁を感じた幸四郎は、2007年に第2回チャップリン国際シンポジウムで、チャップリンの孫と対談。直談判で「蝙蝠の安さん」の上演許可を取りつけた。また、14年には第27回東京国際映画祭のイベント「歌舞伎座スペシャルナイト」で舞踊を披露するとともに「街の灯」を上映し、この時も「蝙蝠の安さん」上演への熱い思いを語っている。

「やっとその時が来た、と感激していますが、また時期がこの上ないタイミング。今年はチャップリン生誕130周年にあたり、命日の12月25日も上演期間中ですからね」

だが実は今回、国立劇場への登板が決まった幸四郎が「今こそやるべきだ」と「蝙蝠の安さん」を強く推した行動の影には、ある理由があった。

「これはもう『ナウシカ』があるからですよ。菊之助さんが新橋演舞場で『風の谷のナウシカ』をやる時に国立劇場に出るなら、こっちはこの企画で勝負だという、そこです(笑)。そうしたら、歌舞伎座の『白雪姫』まで出てきちゃった」

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「街の灯」はサイレントでパントマイムの要素が大きいが、この「蝙蝠の安さん」は舞踊劇ではなく、世話物の芝居。

「かなりしゃべりますよ(笑)。蝙蝠の安さんが花売り娘のためにいろいろなところへ奔走してきたというのを、一部踊りで見せたりもするんですが。歌舞伎というのは“音楽的な要素の濃い演劇”ですから、曲も新しく作っていただいています。『街の灯』の有名なサウンドトラックを元に、三味線音楽に置き換えて。音楽についても使用許可をいただいていますので、ちょっと原曲を彷ふつとさせるような曲になっています」

初演から約88年ぶりに刷新された台本を、どう展開していくか。幸四郎が中心となって、創意工夫を重ねている。

「『街の灯』は銅像の除幕式から始まりますが、それが大仏建立になっていたり、ボクシングが相撲になっていたり、川に落ちた人を助けて絆が生まれたり、いろんな場面が歌舞伎の得意技へと見事に書き換えられています。台本は映画から想を得ていますので、場面が多いんですね。短い場面がたくさんある。難しいところですけれど、エピソードがどれも面白いので削りたくないんです。具体的なセットを置くのではなく、象徴的なアイテムだけでお芝居を構成する展開の仕方も考えています。初めの登場も、大仏なんてとてつもない道具ですが、その割には大仏で話が始まるわけじゃない(笑)。でも、やっぱりほしいですよね。ですから大仏は、部分的に出します。ということは、国立劇場の舞台よりも大きな大仏ということですが、出るのは目や鼻だけ(笑)。これは『そういう世界観なんだ』ということを知っていただくためにもいいんじゃないかと思っています」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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