コラム:若林ゆり 舞台.com - 第71回

2018年9月26日更新

若林ゆり 舞台.com

第71回:「ジャージー・ボーイズ」で天使の歌声を聴かせる中川晃教の表現力が深い!

1960年代にニュー・ジャージーで生まれ、アメリカのポップ・シーンを駆け抜けたボーカルグループ、“フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ”。その栄光と挫折、友情とすれ違いを数々のヒット曲に乗せて描いたミュージカルが「ジャージー・ボーイズ」だ。映画ファンならクリント・イーストウッド監督版をご存じだろう。ブロードウェイで2005年に開幕してから約12年にわたって愛されたこの舞台は、現在オフ・ブロードウェイに劇場を移して続演中。15年には来日公演も果たしている(本コラムの第28回でレポート)。

そして16年に幕を開け、センセーションを巻き起こしたのが、日本版「ジャージー・ボーイズ」だ。それから2年。待ちに待った再演が、現在絶賛上演中。この公演を大成功に導いた立役者こそ、シンガーソングライターにしてミュージカル俳優の中川晃教である。“天使の歌声”と言われたフランキー・ヴァリの圧倒的な歌を信じられないほどのクオリティで聴かせ、人生の光と影をくっきりと見せてくれる彼は、世界のどこに出しても誇りに思えるレベル! そんな中川が、まさに公演中の忙しい中、楽屋でインタビューに応じてくれた。

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日本版「ジャージー・ボーイズ」は、まず中川ありきで立ち上がった。よくぞこの役に出合ってくれました、と思わずにはいられないが、実は始めから、想定外の試練があったという。

「東宝のプロデューサーの方々が『「ジャージー・ボーイズ」のフランキー・ヴァリを中川にやらせたい、と思ってくださったことが始まりです。でもフタを開けたら、ザ・フォー・シーズンズのメンバーで作曲を手がけたボブ・ゴーディオの審査を通らなければこの役はできない、というハードルがあって(笑)。『この声は中川にしか出せない』などと嬉しいことを言っていただいたんですが、僕が『やります』と言ってもそれで決定ではないんだとわかった。だからオーディションのために、必死に取り組んだんです。フランキー独特の高い声には、ファルセットもあればトワングというカンッと当てるように響かせる声もあるし、地声で高い声を出すところもあって。いろんな声やテクニックを使い分けて、コントロールすることが求められたんですね。そこをクリアするべくトレーニングして、僕にはなかった新しい声を引き出すことができたんです。僕にとっては運命を変えてくれた作品になりましたね」

高いハードルを見事に乗り越え、仲間たちとともに作り上げた“伝説の初演”は、中川にとって特別な経験となった。

「初演のときは『この物語を成立させるためのエネルギーを、絶対に欠いてはいけない』という一心でした。ゼロから立ち上げていくというプロセスをともに経て、みんながみんなを引き上げ合いながらやってきたことで、1つの到達点にたどり着くことができたと思うんです。たとえば、読売演劇大賞の最優秀作品賞をいただいているんですが(筆者注:最優秀男優賞も)、いままでミュージカルがその賞を受賞したことはなかった。ミュージカルに携わる方々が本当にみなさん、心から祝福してくださったんですね。そこからそれぞれが積み重ねてきた2年間があって。今回は、作品を深めていこうという意識をみんなが持って稽古に臨んでいました。作品の素晴らしさを体現しようと一丸となったところから生まれた公演の充実を感じて、いま幸せに思っているところです」

チームWHITE 左より、福井晶一、中川晃教、中河内雅貴、海宝直人
チームWHITE 左より、福井晶一、中川晃教、中河内雅貴、海宝直人

そう、初演の高揚感も忘れられないが、今回はもっと作品が持つ深みに圧倒される。ジュークボックス(またはカタログ)・ミュージカルであるこの作品は、心情を歌うミュージカルとは違い、歌はすべて歌手としてのパフォーマンス。だが、観れば観るほど曲に感情を見いだせるし、ミュージカルとしての深みに気づかされるのだ。

「僕も初演のときは、ボブ・ゴーディオが書いた楽曲の、バラエティの豊富さに感激して。そのボブの審査でテクニックを問われたので、初演のときはその楽曲を、あるべき歌唱法で歌うことに重きを置いていました。でも今回、改めてすごいと思った。どの楽曲も、ちゃんとミュージカルになっているんですよ! 芝居の流れに対して歌がアンサーになっていることもあれば、アリアになっていることもある。たとえば『Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)』はアリア的だけども、前後の物語がある中で歌われることによって感情が生まれています。ボブがどれだけこの曲をヒットさせたいと思って走り回ったか。その曲にお客さんがこんな反応を見せてくれるなんて、フランキーからすれば信じられないような光景なわけですよ。それを感じさせる演出で、この時間を一緒に生きてきたお客さんからの『よくここまで来たね』という拍手、体温を取り込んでいるんです。だから、この作品ってミュージカルの真骨頂だと思いますね。これだけヒット曲が聴けて、ミュージカルとしての伸びしろがこんなにある。音楽の力を第一に掲げることができる作品って、あるようでないですから。僕にとっては『これまで経験してきたことを反映させて、人の心に届くような歌を歌うためには何が必要なんだろう』ということも教えてくれるような作品です」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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