コラム:若林ゆり 舞台.com - 第62回

2017年12月1日更新

若林ゆり 舞台.com

第62回:「欲望という名の電車」のスタンリー役で名作の真髄に触れた北村一輝の驚き!

セリフの裏まで理解したことで、当然、北村のスタンリー像もこれまでの印象とは大きく変わってきている。

「スタンリーは本能で生きている男で、精神的に追い詰められたブランチがどれだけ取り繕っても勝てない。見透かされてしまうから。だからこそブランチは、スタンリーを『動物みたいな男よ』と言って罵るんですよね。その実、これは口には出さないけれど欲望を抱き合っている男と女の話です。それがときにはSMみたいであったり、どろどろしたり、重苦しくなったり、いろんなニュアンスの含まれた会話が非常に多く詰まっている。たとえば原作でも、ブランチがスタンリーに、ミッチのことを『豚!』と文句を言うセリフがあります。『豚に真珠を与えました』と皮肉を言って、さらにブランチがスタンリーに『あなただけのことを言ってるんじゃないの』と言ったら、この言葉には『あなたにも与えた』という意味があることになりますよね。ブランチはそういう遠回しな言い方をすごくしていて、スタンリーはその意味を本能で嗅ぎ取っている。計算ができる男ではなくて、怒るときは怒り、泣くときは泣く、笑うときは笑う。基本的に、正直。こういう状況にいるから怒っているときの多い人物ですけどね」

ブランチ役の大竹しのぶ(左)と
ブランチ役の大竹しのぶ(左)と

そう、Tシャツの似合うセクシーなスタンリーは乱暴で粗野な人間ではあるが、妻のステラには弱い部分もあるし、やさしさや脆さももっている男。

「英語と日本語を並べてみると、よくわかりますね。日本語だと字幕でも原作の翻訳でも『おいステラ、俺だ!』という感じ。でも英語では『ヘイ、ステラ、ハニー』なんですよね。すべてにおいて、恐い、乱暴なイメージで言葉が書かれたり訳されたりしているから、そこにも隔たりが生まれてしまいます。それから、ブランチは上流階級が話すような言葉遣いで、スタンリーはポーランド系と、選ぶ単語がまるで違う。そこでもすごく遊んでいますし、そんなブランチのしゃべり方に、スタンリーは腹を立てている。『いちいちそういう言い方するなよ!』と。そういうのがどこまで日本語で出せるかわかりませんが、出てくる人たちの関係性とか駆け引きは、もっとクッキリ出せると思います」

大竹演じるブランチとの稽古からは、何か見つかったものがある?

「ブランチという役はあり得ないほどの分量のセリフがあって、山を越えてもまた山があり、セリフもどんどん変わる。1日20~30カ所も変わるんですよ! 僕でもワーッと叫んでいるようなセリフを言っているときに演出家から『こことここ、こう変えて』なんて言われると『あっ……』ってなるんですけど、変えていくことでよくなるわけですから、乗り越えられると思います。そんな中でも大竹さんの芝居は、何を考えてそのセリフを言っているのかというのがすごく理解できます。だからやっぱり面白いですよ」

製作発表記者会見で。左からブリーン、北村、大竹、鈴木杏(ステラ役)、藤岡正明(ミッチ役)
製作発表記者会見で。左からブリーン、北村、大竹、鈴木杏(ステラ役)、藤岡正明(ミッチ役)

映像の仕事を中心に、八面六臂の活躍をしている北村にとって、舞台の仕事は「苦手」という意識があるという。

「僕は自分を映像の人間だと思っていて、子どものころから映画が好きでこの世界に入っているので、舞台の仕事はずっとアウェイ感がありました。でも、今回は違います。とくに日本の場合ですと、舞台ではある程度声を張って身振りを大きく見せてというのがありがちですが、イギリスではそういうことではないようで。フィリップには逆に、『そんな舞台に立っているみたいな立ち方はしないでくれ』とか、『そんなに声を張ることはないよ』と言われる。『いい芝居をすればちゃんと客席に伝わるから』と。そこは映画に通じるので、今回、すごくやりやすいと感じるのはそこですね。意見を言い合う“テーブル・ディスカッション”もすごく有意義でしたし、これをやることで、きっと自分も変われると思います」

映画でこの作品を知っている人にも、ぜひこの舞台版で戯曲本来の魅力に触れてほしいと願っている。

「リアルに生っぽく進んでいきますから、映画好きな人でも抵抗なく見られると思います。映画版とは確実に違うものになりますが、テネシー・ウィリアムズの戯曲がどうすごいのか深く理解したい方は、今回のバージョンを見に来るしかないですね。映画を見て『これは名作だ、さすがテネシー・ウィリアムズだ』と言っている人にこそ、新たな驚きや発見をしてもらえる舞台だと思いますね」

シアター・コクーン・オンレパートリー2017 DISCOVER WORLD THEATRE VOL.3「欲望という名の電車」は12月8~28日 Bunkamuraシアター・コクーンで上演される。2018年1月に大阪公演あり。詳しい情報は公式サイトへ。

http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/17_desire/

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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