コラム:若林ゆり 舞台.com - 第52回
2017年1月20日更新
第52回:「ビッグ・フィッシュ」で愛すべき“ファンタジー男”を演じる川平慈英の真実!
もう1つ、川平がこの役にピッタリな要素は、彼が自伝的要素を盛り込んで作っているワンマンショー・シリーズ「川平慈英の箱 J's BOX」でのストーリーテラーっぷりを見ればわかるはず。そのショーでは故郷沖縄での少年時代をモチーフにした1人芝居が定番なのだが、純粋すぎる幼なじみの“しげる”、豪快すぎるキャラの“金城おじい”が登場するその「物語」は、盛ってる感たっぷりで、すごく楽しい(そしてちょっと感動的)!
「あくまで事実に“基づいた”ですからね。信じるか、信じないかはあなた次第(笑)。ただ信じた方が楽しいぞ、という話です。でもエドワードってまさに金城おじいとソックリなんですよ。金城おじいは、ハブの毒を飲むとんでもない男(笑)。(ここからモノマネ)『ジェイ、今日はおじいね、精つけるぞ!』って、ハブの口の横を指でギューッとつかんだら毒がシャーッと出てね、飲んじゃう(笑)。かと思えば『わしは昔、忍者だったさー』って言って、『絶対無理だろ!』という忍術の自慢話をする(笑)。仲間が傷つけられたときは激怒して、山羊の糞を溜めたドラム缶を軽トラックに積んで相手のところまで突っ込んで行ってね。褌一丁でドラム缶の中にビッシャーンって入って、その体で『これがうちなんちゅーの男じゃ!』って叫びながら相手に飛びついて、頬ずりする。相手は『なんだこのクソジジイッ!』って逃げ回って(笑)。逮捕された金城おじいはその夜に釈放されて、沖縄タイムスに『ウンのある男』って書かれたり(笑)。まさに沖縄版エドワード、これミュージカルにしますよ!」
それは楽しみ(笑)。話を元に戻すと、「川平をエドワード役に」という名案をひらめいたのは、本作で演出を手がける白井晃だそう。
「白井さんは『オケピ!』や『趣味の部屋』で難しい舞台づくりを一緒に闘ってきた戦友。演出家・白井晃は今回が初めてなんですが、本当に繊細なやさしい人で。僕のことをよく見ていたんだと思うんです。『ジェイはこういうときに弱い、こういうときに弾ける』みたいな僕のグッド、バッドをよく知ってる(笑)。ある程度野放しで泳がせておくんだけど、僕が楽な方、楽な方に行こうとすると修正してくれるんです。『こんな感じでいいんじゃないの?』って安全パイに行っちゃうと、浅くなっちゃうんですよ。僕は浅く広くやるの得意ですから(笑)」
この物語はまた、父親と息子、夫と妻の絆を描いた現実的な部分の訴求力も大きな魅力だ。
「息子のウィルはエドワードとは真逆だから、父親に対して腹が立ってしょうがない。誰でもありますよね、親とバチバチやりあったことって。僕の場合、父親は基本的に『やりたいことをやれ』って見守ってくれる真面目な人で、ぶつかったことがないんです。母とはいまだにガッツリ口論することもあるから、どちらかというと母親との体験を使う感じかな。だから浦井健治くん演じるウィルとの父子対決が新鮮です。妻役の霧矢大夢さんはね、舞台の上でかいがいしく世話を焼いてくださるので、僕がなんだか子どもみたい(笑)。『エドワード、大丈夫だから』なんて、すごく甘えさせてくれる。彼女は歩き方とか踊りもカッコいいんですよ(笑)。でもしっかりしたお母さんになってるし、僕の方が背が低いんだけど、そのデコボコ感がいいんです!」
“ビッグ・フィッシュ”という言葉は、憧れながらもなかなか手に入らないもののたとえでもあるが、そういう意味で川平慈英の“ビッグ・フィッシュ”は?
「真のエンターテイナーになるための自分探しを、54歳になってもまだ続けているんだという気がしているんです。30歳くらいまではまだ自分の力を信じていけてたんですけど、だんだんと目指すところが変わってきた。清らかな水のように、ステージに立っているだけですごく存在感のある、力技でいくのではなく、いい具合に力の抜けたエンターテイナーになりたい。たとえばアカデミー賞授賞式で司会をしていたヒュー・ジャックマンとかビリー・クリスタルを見ると憧れますね。ジーン・ケリーとかボブ・フォッシー・メソッドというのがありますけど、いつかどこかの稽古場で『そこはジェイ・メソッドで』なんて言われたい。『川平慈英みたいに揺るぎなく』とかね。どうせならこの世界に足跡を残したいし、『ああ、この人を見ると幸せだな』とお客様に思っていただけるようなエンターテイナーになりたいんです。まずはこの『ビッグ・フィッシュ』で、自分の“ビッグ・フィッシュ”を獲りに行こうと思っています!」
ミュージカル「ビッグ・フィッシュ」は2月7~28日、日生劇場で上演される。
詳しい情報は公式サイトへ。
http://www.tohostage.com/bigfish/
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka