コラム:若林ゆり 舞台.com - 第38回
2015年11月11日更新
第38回:天才演出家で監督のジュリー・テイモアが、自身のシェイクスピア舞台を映画に!
最重要ポイントがもうひとつある。いたずらな妖精パックを演じるキャサリン・ハンターだ。彼女は野田秀樹の「The Bee」でサラリーマンに扮し、やはり来日公演をした「カフカの猿」では人間になった猿を演じて観客の驚嘆を呼んだすごい女優。ちなみにベネディクト・カンバーバッチの義理の母でもある(娘のサリーがベネさまの嫁)。普通なら少年がやりがちなパック役にこの女優を起用しようというアイデアが素晴らしい。
「そうでしょ(笑)。キャサリン自身はドキュメンタリーの中で『ボトムがやりたかった』って言ってるんだけど(笑)。キャサリンからインスピレーションを受けたところは大いにあるわ。彼女は言葉を素晴らしく操れるし感情表現もすごい、その上、それが彼女自身の肉体とものすごく強い結びつきをもっているという希有な女優よ。彼女はずば抜けた身体能力の持ち主で、即興でいろいろ創り出すのがうまいの。序盤のシーンでオーベロンが『パック、こっちへ来い』って言うと、パックがタタタッて走ってきてオーベロンによじ登るでしょ。あれは初期のリハーサルで彼女がやったことなの。それを受けてオーベロン役のデビッド・ヘアウッドがパッと持ち上げたらああいう形になったのよ。2人の関係性がよくわかって、すごく心を動かされたわ。子どもたちとのワークショップでもたくさんのアイデアを出してくれたわ」
この不思議な物語がシェイクスピア作品の中でも高い人気を誇っている理由の1つは、「愛の本質について描いているから」だとテイモアは言う。さらにテイモアの見解では「それと同時に結婚という制度についての物語」でもあるという。
「愛というのは自然で自由なものよね? でも、結婚というのは自然ではない。愛をルールでがんじがらめに縛る制度なの。だからこれは、結婚に至る前の一瞬、愛が元来もっているクレイジーでワイルドな、ドラッグみたいな自由さをめいっぱい発揮するところを描いているの。結婚という制度に潰されてしまう前にね。これはコメディだけれど、とても悲劇的な側面ももっているのよ。シーシアスが敵国の王女ヒポリタをレイプして、征服したところから始まるんだから。一方でハーミアは、父親の決めた相手と結婚しないなら死ぬしかないなんて、悲劇でしょ? そんな真っ暗などん底から始まって、どんどんアップしていくの、明るい光の方へとね」
この物語を、まるで舞台の客席に座って世界に入り込んでいるという気分で楽しめるのは感動的なこと。
「それこそ、私がこの作品に求めたことよ。観客も写っているけれど、じきに忘れるでしょう。文楽でも3人の黒子が見えるけど、忘れるのと一緒ね。でもこれは演劇なんだという意識はあってもいいと思うの。素晴らしい二重構造だと思うわ。スタンリー・トゥッチがパックをやった映画と比べたりしないでよ(笑)。あの映画が失敗していると思うのは、本物の森が出てくるべきなのにものすごくニセモノっぽく感じてしまうところ。子どもたちを持ち上げて森を作ったほうがよっぽどマジカルだと思うわ。これは演劇のもつマジックなの。小さな森の精をCGで作って飛ばすより詩的よ」
そう、テイモアは魔法使いだ。しかし、さすがの魔法使いも4年前、ブロードウェイの大作「スパイダーマン」ではプレビュー半ばで降板の憂き目に遭ってしまった。「悲しいことよ」と、テイモアは言う。「あれは素晴らしいものになるポテンシャルをもっていた。私はあの物語が好きだったし、やっていたことが好きだったわ。だから最後までできなかったのは悲劇よ。もっと時間が必要だったのに。でももう忘れて、前に進んでいるわ」
これから、やりたい企画が目白押しだと笑うテイモア。彼女の創造の泉からは、際限なく素晴らしいアイデアが湧き出ているようだ。
「映画の企画は何本かあるんだけど、1つはラブストーリーで、今年中に撮影したいと思っているの。それからトーマス・マンの短編小説をミュージカル化する企画もある。舞台のミュージカルとして大きな成功を収めた『Juan Darien: A Carnival Mass』を映画で撮るという話もあって、これはメキシコで撮りたいの。あと舞台の企画では、映画の『アクロス・ザ・ユニバース』を舞台化するというのもあるわ。期待していてね!」
「夏の夜の夢」は11月13日よりTOHOシネマズ日本橋、大阪ステーションシティシネマで公開。その後、全国で順次公開される予定。
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka